【総評】
一般社団法人グリーンビルディングジャパン 共同代表理事 平松 宏城
今回のオピニオンチャレンジには、全国から32組の応募がありました(高校生10組、大学生・院生22組)。表彰されたレポートはもちろんのこと、選から漏れたレポートにも数多くの優秀な提案があり、いずれもコロナ禍の先の世界を見据えた野心的な作品ばかりでした。選考にあたっては、GBJレポートタスクフォースの10余名のメンバーが、全作品の査読と上位作品へのインタビューを行い、出来る限り公平かつ精緻な評価を心掛けました。
高校生の作品に関しては、身近な暮らしの疑問から生まれた課題を新しい視点・発想で解決を目指す姿勢・取組が評価に繋がりました。また、大学生に関しては、其々の専門性も生かしながら、その提案から生まれる新しい世界や社会課題の解決に向けた構想力、発展性に関する部分が評価に繋がりました。
私たちは、日本の将来を背負って立つ学生の皆さんにグリーンビルディング分野の将来性を感じてもらいたい、自分の未来を切り拓く武器として当該分野の専門性を獲得してもらいたい、その力になりたいと願っています。
今回は高校生部門、大学生部門ともに首都圏からの応募が多いのが特徴でした。次回以降は首都圏に加えて地方の学生への呼び掛けをより積極的に行っていきますので、仲間同士で声を掛け合い、来年以降もぜひチャレンジを続けてもらいたいと思います。
【高校生の部】 応募作品数:10作品
最優秀賞 |
星空が輝く都市空間の提案 -和紙の光が生む星明かり- |
品川女子学院高等部 2年 大江秋鹿さん・友永京花さん |
優秀賞 | 洋上フロート化した無数の都市が日本の海を駆ける! |
開智日本橋学園高等学校 2年 飯泉慧大さん |
優秀賞 | 繋がり回るこれからの街コミュニティー 〜サービス・若者・意識〜 |
東京都立国際高等学校 国際学科 2年 西谷茉莉さん |
優秀賞 | 建築は凍った音楽か? |
角川ドワンゴ学園N高等学校 2年 小林るりさん |
奨励賞 | 「咲くやこの都市」 |
茨城県立竜ヶ崎第一高等学校 2年 和氣 玄虎さん |
奨励賞 | 「グリーン・コーポラティブハウスを支える3本の柱」 |
東京都立白鴎高等学校 2年 山田 佳怜さん |
【大学生の部】 応募作品数:22作品
最優秀賞 | グリーンビルマップの可能性 |
東京大学 農学部 緑地環境学専修 学部4年 吉野 知明さん |
優秀賞 | 暮らしの社交が生み出すCASINO Tech -持続的なIRの産業集積システム提案- |
早稲田大学 創造理工学研究科 建築学専攻 修士1年 泉川時さん・山川冴子さん |
奨励賞 | ウォーカブルな都市の実現に向けたウォーカビリティ指標の提案と検証 |
千葉大学大学院 融合理工学府 地球環境科学専攻 修士1年 高野雅大さん・金井晋太朗さん |
奨励賞 | 植物と同居する建築が、未来のビオトープを作り出す |
東京大学 工学系研究科 建築学専攻 修士2年 武藤 宝さん |
【高校生の部】
星空が輝く都市空間の提案 -和紙の光が生む星明かり-
品川女子学院高等部 2年
大江秋鹿・友永京花
1. はじめに
私達は、綺麗に星空を見ることのできる都市を提案する。都市に住む人々が、星空を見るために郊外や海外を訪れる例は少なくない。実際に私達が郊外を訪れた際、普段見ているよりも遥かに多い星の数に感銘を受けた。しかし、帰る途中東京に近づくにつれて徐々に星数は減っていき、どうにかしてこの星空を東京でも見られないかと感じたことがこのテーマに至った理由である。そこで、私達は都市で星が見えない原因を調べた。その結果、大気汚染および都市の光の多さに原因があることを知った。都会で星が見えない原因として多くの人が考えるのが大気汚染であり、実際私達もそう考えていた。しかし調べていくと、大気汚染は一つの原因であることは間違いないが、一番の原因は都市の光だということが分かった。そして、「光害」という言葉があることを知った。
光害とは、過剰な光による公害のことである。都市の光により夜空が明るくなることで、星空が見えなくなるだけでなく、生態系に大きな影響を及ぼし、エネルギーの浪費にもつながる。このレポートは、光害による既存の課題と解決策を検討したうえで、光害を解決して星空が見える都市空間を生み出すための新たな提案を目的とする。
2. 概日リズムとグレアが妨げる星空
光害は、私達が感じた天体観測への影響以外にも様々なところで悪影響を及ぼしている。過剰な光や不必要な方向への光の拡散によるエネルギー資源の浪費や、本来の昼夜のリズムに対応してきた生態系に対する影響、また人間の健康や社会生活への影響などがある。このレポートでは特に3つ目に挙げた直接的な人間への影響に焦点を当てることにした。以下、光害が人間に直接影響を及ぼすものとして「概日リズムへの影響」と「グレア」の2点について記す。
概日リズム(サーカディアンリズム)とは人に限らず動植物や菌類など、ほぼ全ての生物が持っている機能である。地球上の生物は地球の自転によってもたらされる約24時間の明暗周期にその活動を同調させている。概日リズムはまさに体内時計と言える。人類はかつて、昼間は明るい太陽光の下で、夜間は完全な暗闇の中で生活していたが、120年前の電球の登場以降、人工光の下で暮らすようになった。さらに社会が24時間休みなく動き続け、夜中でも人工光にさらされることが多くなった。このことは、我々の体内の概日リズムを狂わせることになった1)。
グレアとは、光によって生じる眩しさのことである。グレアは大きく二つに分類される。一つは心理的に不快感を起こす不快グレア、二つ目は目の機能を生理的に損なう不能グレアである。不快グレアでは視覚能力は低下しない一方で、眩しさや眼疲労が生じる。例えば、照明器具の強い輝きを直視した場合、目の痛みや不快感等による眼精疲労や頭痛の原因になる。特に高齢者への影響は大きい。不能グレアとは、眩しい光源を直接見た時目が眩み、物が見えにくくなる現象のことである2), 3)。
都市で星空を見るための工夫に、街灯の光を手で避ける方法がある。そうすることで、目に入る光が少なくなり、目の調節機能により自然と暗い夜空の星が見えるようになる。しかし、人が概日リズムの乱れた体でグレアの影響を受ければその影響はさらに深刻となり、ちょっとした工夫程度では目の調節機能も働きづらくなる可能性もある。
3. 光害に対する既存の対策事例
日中の自然光に相当する明るく白っぽい光(高色温度)は概日リズムを活発化させる方向へ導く一方で、夕方の光に相当する暗く赤っぽい光(低照度)は概日リズムを安静な状態に導くことが示された。しかし、現代社会では概日リズムを活性化させる高色温度を浴びる時間が長くなり、本来望ましい時間帯に睡眠が取れなくなっている。その結果、夜間眠るべき時間帯に不眠を、昼間の覚醒すべき時間帯に過眠、集中力低下、全身倦怠感などを生じ、長期間にわたり社会生活や日常生活上の苦痛や支障が起こる。これを「概日リズム睡眠障害」と呼び、多くの現代人にこの症状が見られる4)。夜間に外に出ても、そこには多くのライトにより、概日リズムの狂いを助長している。これらのライトは、さらにグレアによる問題も引き起こしている。
例えば、ライトが交錯しない箇所では見えていた人の姿が、交錯する範囲に入った途端に、突然見えなくなることは不能グレアの一つである。強烈な光により網膜が順応不能となり、視界の把握がほとんど不能となる。特に、雨が降ることで路面の雨水にライトの光が乱反射し、それにより、センターラインや停止線、横断歩道、道路標識、道路標示、障害物など多くのものが見えにくくなり、多くの事故を招いている2)。こうしたグレアを抑制する対策として、例えば街灯の設置時に輝度の適切な管理や照明の周りにフード、遮光板や格子状のカバーで光を制限するルーバーというものを取り付けることが求められている3)。実際に、照明学会が発行している「歩行者のための屋外公共照明基準」によると、取り付け高さが10 m未満の照明器具においては、鉛直角85度方向の輝度は20,000 cd(カンデラ)/m2以下、光度は12,000 cd以下にするよう推奨されている5)。
一方で、省エネルギー、電気代削減、ランプ交換の手間の削減を主な目的に、屋外施設においてLED照明器具を利用することが多くなってきた。例えば、道路灯や防犯灯として使われていた水銀灯をLEDに置き換える動きが進んでいる。しかし、生活する人々にとって真に快適な環境が実現されているかというと必ずしもそうではない。LED照明機器は、発光部の微小化や光の指向性の高さから生じる強烈なグレアが課題とされている。
2011年1月7日付の日本経済新聞記事によると、東京都品川区では2010年12月に「2008年度から試験設置をするなど検証を進めてきたが、LED街路灯は当面導入しない」という街路灯の設置方針を明らかにした。この理由として、交換時にかかる多大なコストだけでなく、LED街路灯の「まぶしさ」が基準値を超えていることが問題視されたからだ。しかし、品川区が検証したLEDは、上述の「歩行者のための屋外公共照明基準」である鉛直角 85度以上の発光部分の推奨輝度 20,000 cd/m2 を、いずれも大きく上回った。「区道の街路灯は設置位置が低いこともあり、自動車などの安全運転にも支障をきたしかねない」と、同区課長は導入に慎重な姿勢を示した6)。このように、特にLED照明を設置する場合はグレアの問題を慎重に考慮する必要がある。
4. 解決策の提案
これまで議論してきた光害に関する問題やその対策事例から、星が見え、概日リズムを崩さないために、周りに光を漏らしにくく、指向性が高いLEDが有効と私達は考えた。しかし、上述のようにLEDの多用により、かえってグレア等の悪影響を及ぼしてしまう可能性もある。そのため、指向性を維持しつつ、グレアを回避できる新たな仕組みとして、和紙を使ったLED照明を未来の都市に設置する事を提案する。
和紙を使用したいと考えた経緯は、和紙の特性が、私達の課題に挙げている問題点の解決に適しているからだ。和紙には、光を分散させ光の強さを和らげる効果がある。和紙は光を半分さえぎり、半分透過させる。また、射しこんだ光を様々な方向に拡散するため、どの方向から見ても均一で美しく、明るく見える。これを「光の拡散」といい、照らされている場所を均等に明るくやさしく包むことができる7)。そして現在市場に流通している多くの和紙照明は低照度・低色温度の光を提供し、体の概日リズムを安静に導く光環境につながる。
和紙照明は提灯に代表されるように昔から日本では使用されてきたが、和紙は燃えやすく引火の危険性があるため、徐々に使用されなくなった。明治以降、蝋燭や石油ランプから白熱電球に変わった後もその状況は変わらない。一方、LEDは発熱しないので今までの白熱電球より発火の可能性は低い。発火の危険性で衰退してきた和紙照明は、LEDが普及してきた今、改めて見直す必要があると言える。上述のようにLEDには鋭い光を発するグレアの問題があるが、和紙で包むことでまぶしさ(グレア)を吸収する役割も期待される。このようにLEDと和紙照明の組み合わせは相性が良いように見える。
そうは言っても、LEDを使ったとしても発火の危険性はわずかながらある。また、屋外で使用する場合は雨に濡れてしまうことも考慮しなければならない。これを解決する方法として和紙の油引きというものがある。油引きとは、昔から和傘や提灯に使用されている、和紙の防水加工のことである8)。
以上から、私達は図1、図2のイメージ図を作成した。図1は、街の中にあるライトの提案である。この図は日本風の街に使用した際のイメージ図だか、近代都市の街並みに合うように和紙で作られたモダンなライトも開発されており、どのようなスタイルの街にも景観を崩さずに和紙を取り入れられることが可能と考えた。現在の景観では、ネオンなどはあるものの、街灯は建築物にはほとんどついておらず、独立して設置されるか、住宅の門や玄関に設置される程度である。図1のようにライトが屋根の下にあることにより、和紙を保護するだけでなく、光が空に拡散するのを防ぐことができる。さらに、建物にとりつけることにより、街灯の設置をしなくて済み、現在とは異なる景観が生まれる。そのためには、建築物のデザイン時にライトの設置を意識してもらわなければならないこと、設置費用や電気代の負担をどのようにするのか、という課題もある。まずは意識改革が必要であり、促進のためには光害を意識したデザインの建築物には補助金を提供する、ソーラーシステムによる電源供給のためのシステム設置費用の補助などが考えられる。これらの費用は、街灯設置費用と街灯維持費の節約により長期的には捻出できる可能性がある。住宅地の街灯設備が少ないことによる防犯の問題解決にもつながる効果もある。
図2は、道路沿いにある街灯のイメージ図である。周りに建物が無いため雨の影響や空に光が漏れてしまう可能性があるため、図1とは別のデザインを考えた。白い和紙で覆ったライトを透明なプラスチックで雨避けし、そのカバーの上部だけを透明ではなくすることで雨の影響や光漏れも防げる設計となっている。また前述したように油引きも行い、防水加工を徹底する。
5. おわりに
私達が普段何気なく生活している都市というものについて今まであまり目を向けてこなかったが、今回このプロジェクトに参加し、深く考えることができた。その中で自分達の身近な経験に基づいて疑問点や問題点を発見し、毎日2人で話し合いを重ね、新しい提案をすることができた。そして、今までに無いものを提案することで、未来の都市の発展に貢献できる可能性も感じることができた。またこの提案は、SDGsの3番の「全ての人に健康と福祉を」と11番の「住み続けられるまちづくり」そして12番の「つくる責任とつかう責任」のつくる責任に関連しており、それらも達成できると考えている。さらに、光害の影響は陸上の全ての生物に及ぶため、15番の「陸の豊かさを守ろう」にもつながる。
私達が提案する和紙照明によって光害による被害や社会に対する悪影響が少しでも改善され、その結果として都市にいても、綺麗な星空が見える未来になってほしい。
参考文献
1) 日本薬学会,薬学用語解説 「概日リズム」 2007年6月27日 閲覧日2020年11月20日.
2) Wikipedia 「グレア」 閲覧日2020年11月25日.
3) 東京都都市整備局 「良好な夜間景観形成のための建築計画の手引」 2019年8月.
4) 厚生労働省,e-ヘルスネット 「概日リズム睡眠障害」 閲覧日2020年11月20日.
5) 照明学会 「技術基準JIEC-006: 歩行者のための屋外公共照明基準」 1994年.
6) 黒田隆明 「高価でまぶしくLED不採用、品川の区道で」 『日本経済新聞』 2011年1月7日.
7) カセン和紙工業株式会社 「和紙について」 閲覧日2020年11月27日.
8) 日本植物油協会 「植物油こぼれ話:竹と和紙と植物油が織りなす和傘の世界」 閲覧日2020年11月27日.
洋上フロート化した無数の都市が日本の海を駆ける!
開智日本橋学園高等学校 2年
飯泉慧大
日本の都市圏人口は現状のまま推移していくと、今後緩やかな減少に転じ、徐々に減少傾向が加速すると予想されている。また、都市圏における人口減少地区では現状急激な高齢化が進行しており、福祉やインフラ整備などの行政サービス維持によってかかる負担が今後より大きくなる。さらに、現在世界中で猛威を振るうCOVID-19の流行によって郊外への移住に対するニーズが微増し、人口減少地区の多い都市圏における市街地の撤退が発生しつつある。人口減少の要因が少子高齢化のみならず相対的に居住環境、利便性が悪い側面も持つ故に現状の日本の都市の構造、あり方では衰退の一途をたどったまま抜本的な見直しが行われない限りこの状態からの回復は見込めない。現在、日本の都市が抱える課題解決に向け、人口減少に合わせたコンパクトな都市構造を考えるべきかという議論が活発化しており、既存の都市のスマートシティ化を目指す再開発が行われている自治体もある。その際、都市において何を残す、ビジョンはどうするのか、といった議論や研究が進んでいる。
世界に焦点を当てると、急速に進む郊外の人口が都市部に流入する世界の都市化が新興国を中心に発生している。原因として世界人口の急速な増加に加えて社会主義的、全体主義的体制をとっていた地域において自由化が進んだ結果、インフラの発展に伴い人口も急増している傾向が考えられている。都市への人口の集積が進むほど、いわゆるヒト・モノ・カネに情報、アイデアや知識を加えた様々な要素が集積され、それを基に研究開発やイノベーションを通じた高い生産性が期待できるメリットがある。しかし、新興国における急激な都市への人口流入によって十分な福祉・行政サービスやインフラ整備を供給できなくなり、失業者やスラムが多く発生するようになり、都市の治安の悪化を招いているケースが少なからず存在する。また、都市開発において最も優先されるのが短期的な経済の発展であるケースが多く、環境への負荷や持続可能性が軽んじられる傾向にある。そのため、国内では公害が、世界的には深刻な環境問題を引き起こす、または助長する事態が懸念されている。
これらの日本と世界の現状から読み取れる課題から、将来求められる日本の都市の姿の要素を4つに分けて提示する。
1. 環境にやさしい都市
環境に負荷を与えているのが私達人間の一連の行動である事実は覆し難いが、その根本には私達一人ひとりの「まだ大丈夫だろう」という意識があり、これは実際の二酸化炭素排出量などの環境問題と合わせて深刻で厄介な問題である。現状のように環境の悪化が目に見えていない状態が続くと環境問題に対する危機意識はいくら政府やメディアが煽っても効果は薄い。また、関心があっても実際の行動や結果に結びついていない実態がある。しかし、視覚的に状況が悪化している様子を見れば、私達は積極的で一致団結した行動ができる。その一例として、1964年の東京五輪までに日本人のゴミに対する意識が変わった出来事が挙げられる。五輪以前は家庭ごみを路肩に積み上げるような状態であったが、世界中の人々を東京に迎え入れるために世界でも有数の清潔な都市に変貌した話は有名だ。
2. あらゆる面において持続可能的である都市
環境に優しいというのは一種の持続可能性だが、他にも人口減少により人手不足などが深刻な業界が山程あり、それらの産業を将来に渡り、持続可能なものにしていくことも持続可能性という言葉の中に含まれている。また、都市の人口を維持し物理的に都市を持続可能にするには、地方からの流入は将来性がないために、住民の出生率を上げ、子供を育てやすい環境への整備が必要だ。
3. 人口減少に伴う適正な都市規模の検討
現在の日本の都市は未だ外見だけは高度成長期の様相を維持し続けているが、人口減少により、都市に住む人の数は着実に減ってきている。結果、空き家やシャッター街の発生が増加し、その維持管理のしわ寄せが自治体に押し寄せ、負担となっている。そして、この事態は人口減少と高齢化社会の加速によってより深刻になる。都市とその自治体は、適正に管理できない規模の領域を未来に渡って管理していかなければならない。しかし、そのための人材も若者不足によってヒューマンパワーに依存できなくなってしまう。課題解決のため、業務の効率化を目指すデジタル改革や人の代わりにロボットやAIの活躍が期待されており、行政サービスの省人化や都市における社会システムの見直しが可能となる。
4. 海外との競争力を維持し続けられる都市
人口減少に伴い労働人口と労働生産性の低下し、日本の経済規模の縮小が大きな懸念の一つであり、日本の技術産業における国際競争力の低下が大いに考えられている。これを防ぐためには、高度人材によるより価値のある産業の発展が不可欠である。そのためには国内において特色のある産業の成長を促し、国内での競争力を高め、一人あたりの労働生産性を向上させ、質の高いものを生産しつづける状態を維持していく必要がある。OECDデータによると、2018年の日本の時間当たり労働生産性は46.8ドルで、OECD加盟36カ国中21位である。現状のような労働生産性が低い状態が改善されないと単純な生産力に劣る日本では世界市場において地位を守り続けられなくなる。世界における経済、技術面の日本の地位を維持するには一人あたりの労働生産性を高め、高度人材を多く排出可能な社会の発展が求められてくる。
そこで私が、日本の現状の打破と未来を見据えた発展を実現するために提案するのが、都市の洋上都市化である。海上都市であれば聞いたことがあるかもしれないが、洋上という微妙なニュアンスを用いたのは、一般に洋上のほうが陸地からより遠く離れた海洋を示すからだ。洋上都市化を思いついたのは、私自身がもともと海が好きで、海に関する情報として船舶の要素を大幅に拡充させた、メガフロートや海上プラントといった洋上に浮いた構造物から着想を得たからだ。都市全体を陸の上の存在から陸地を遠く離れた広々とした海洋の上へ移転させる突拍子もないアイディアだと私自身思ったが、私が4つ提示した今と未来に求められる日本の都市の姿に当てはめてみると、曖昧なイメージから具体的なアイディアへと変化し、洋上都市が未来の日本の都市のあるべき姿だと確信できるようになった。
また、洋上都市について調べてみると、清水建設がモルディブなどの海水面上昇によって近い将来水没する可能性のある国に向けてグリーン・フロントという海上都市を構想していた。しかし、私が構想する環境、産業、持続可能性と市民生活の向上と盛りだくさんな都市構想と異なり、自給自足を可能にする要素に重きをおいた完全独立した植物質的な都市構想であった。
私の考える洋上都市は、数十単位の都市が洋上に展開され、移動も可能なフロート型である。現在の日本の首都圏一極集中とは逆の、都市の分散が大きな特徴があり、海を隔てて地理的に独立している都市郡である。都市間の移動は自動車や電車よりも収容できる人数が多い船舶であるため、環境への負荷の軽減が期待できる。また、人口に合わせてフロートの合体や分散を行い、洋上都市の規模を物理的に変更するなどの陸の上ではまるでできないような活動すら海の上であれば実現可能である。この洋上都市というアイディアは非現実的であると感じるかもしれないが、同時に奇抜すぎるがゆえに未来の日本の都市の姿として適当である。なぜなら、このような大規模な国家戦略は経済的にも、文化的にも日本に活気を取り戻す大きなチャンスになりえるものに違いないからだ。今までの固定観念に囚われることなく大きな挑戦をする度にこの国は活気を取り戻し発展してきた歴史を振り返ればわかるだろう。
また、環境問題の取り組みとして、なぜ洋上都市が適切であるかというと環境問題が都市に住む人々にとって陸よりも身近なものとなるからだ。海は現在、いわゆる人間の出した廃棄物の最終処分場の側面を持つ。そして、海と近年取り沙汰されている様々な環境問題は密接に関係している。
「私たちが1日に流す汚水の量は、一人あたり約250Lになりますが、そのなかには40gの汚れが含まれています(BOD負荷量)。なかでも、生活雑排水からの汚れが27gと、およそ7割を占めており、一人ひとりが流す汚れは小さなものでも、それが集まると、大変な量の汚れになります。」
愛知県東三河総局 県民環境部 環境保全課 Q&Aより引用
人間のゴミが海に与える影響は陸の上で生活しているかぎり、身近に感じる機会はあまりない。しかし、海の上で生活すれば否が応でも関心を寄せることになる。私達は一度、新しい立地、そして視点から環境問題に向き合うことで今まで改善の兆しがない環境問題に風穴を開けるような提案ができるかもしれない。
2番の持続可能性について次の3番とも関係してくるが、人口減少による影響は、都市の持続可能性に大きな影響を与える。そこで、洋上都市の大きな特徴として個々が海を隔てて独立していることにある。クラウドやデジタルの世界で、それぞれの都市の繋がりを維持し続けながらも物理的に隔てられている状態なのだ。この特徴を生かして、個々の都市が現在の都道府県の名産品のように独自性を発展させれば、それぞれが国内においても世界においても唯一無二の都市へと変貌できる可能性を付与できる。現在の様々な地域で行われるまちおこしを独立した洋上都市で行う様式は人口の流入を抑え、それぞれの都市をある程度の規模に維持し続け、人口のある特定箇所への一極集中を防ぐ効果が期待できる。それぞれの都市が独立している状態によってその都市ならではの新たな価値を創造し続ける持続可能な都市基盤が生み出されるのだ。
3番の主に人口減少による適正な都市規模の検討について、人口減少の歯止めをかける対策は重要であるが、すでに日本の人口は減少傾向にあり、すぐには回復する期待は薄い。そこで、現在すでに人口に見合わない規模の都市の運営維持によって負担が大きくなっていることを鑑みると、人口によって都市の物理的な規模を臨機応変に変える機能を持つ洋上都市はこの問題を容易に解決できるのだ。しかし、洋上で行わなければならない理由として、平成の時代に行われてきた市町村合併は行政の効率化のみを目指したために、都市や地域の漁業型や観光型などの特徴を活かすことなく失敗が続いた。そこでフロート型であるゆえに都市の合体、分散が可能になれば今後の人口の減少による行政の効率化だけでなく、それぞれの「合う」「合わない」を考慮して相互が納得できる合併が可能になる。その後、増加に転じる事態になっても都市を物理的に分散させることで、現在新興国を中心に起きている人口に見合わない規模の都市整備によるスラム街の発生を抑制できる。都市とは、人間が何世代にも渡り住み続けてきた、そして住み続けるための人間生活の基盤を支える非常に大事な要素であるので、その時代に応じた都市の規模を用意できなければ衰退の一途をたどる未来を予測するのは難しくない。
4番の国際競争力は、都市においていかに市民の労働生産性を高くし、世界に通用する知的資産を多く創造するかによって維持そして向上ができる。世界に通用する知的資産は、付加価値の高いものを生産できる産業によって創造され、国内中小都市においてはその産業の成長に、都市のスマート化すなわち効率化、コスト削減が必要になってくる。また、人口減少の一つの要因として考えられている居住環境、利便性の悪さを加えて解消でき、デジタル化社会に適応したDI・DXと言われるような市民の欲する環境を一から整えられるのが洋上都市なのだ。3番と同様物理的に都市同士が独立している特徴を生かせると同時に、それぞれが専門性の高いスマートな産業都市を発展させることによって日本全体として国際競争力の維持・向上が期待できる。現在、トヨタ自動車の最大の生産拠点が愛知県豊田市にあり、豊田市にはトヨタ自動車に関連した企業も集まり自動車工業都市として、愛知県の中核市にまで発展を遂げ、世界トップクラスの生産性によって世界と自動車産業において同等かそれ以上の競争力を持ち合わせている。加えて、豊田市では現状に甘んじず、持続可能なスマートシティを目指し豊田市の再開発を推し進めている。このように、同じような産業が一つの場所に結集した結果、国際競争力を向上させた実例もあることから、洋上都市においては特定の産業を積極的に奨励して個々の都市を世界と互角に渡り合えるように発展させる未来は十分に実現可能だ。また、現在の都市のように再開発をする度に土地利権などの問題の発生に伴い、川崎や渋谷のような無秩序な再開発を抑制でき、一から都市を作ることで計画的な都市整備が可能となり、市民視点からの居住環境や利便性の向上が期待できる。これは高齢化社会が進む日本にとって、バリアフリーな都市を設計段階から計画できる状態を意味し、高齢者に優しい都市は定年後も働く事態が必要となる日本の将来においてもその労働生産性を維持し続けられる結果につながる。
今日の日本の人口減少の流れの中で、今後の都市のあるべき姿が至る地域で見直されており、環境や経済活動の持続可能性を維持・向上を目指す上での課題解決を踏まえて私が提案するのは都市の海洋フロート化である。環境問題のみならず未来の日本の経済活動の活力を得る基盤となる構想でもあり、上記に提示した4つの未来の都市のあり方にふさわしい提案である。
ここまで検討してきたとおり、日本の現状とそこから見えてくる課題は深刻な状態なため、起死回生の打開策の実行が必要不可欠である。さらに、日本の純粋な人口や国際競争力の衰退する傾向を防ぎつつ、都市の持つ大きなポテンシャルであるヒト、モノ、カネ、加えて知識の集積力をより多く得られるような都市構造が求められている。(5708文字)
参考文献一覧
・国土交通省, 現状と課題 – 人口減少への対応(閲覧日11月4日)
・国土交通省, 世界で進行する都市化の傾向と都市開発戦略(その1)(閲覧日11月4日)
・総務省, 新たな過疎対策に向けて – 過疎地域の持続的な発展の実現(閲覧日11月8日)
・日本経済団体連合会, 人口減少に対応した経済社会のあり方(閲覧日11月8日)
・清水建設, 環境問題を考えた未来の海上都市とは?①(閲覧日11月11日)
・野村総合研究所, 都市の国際競争力向上策としてのスマートシティ(閲覧日11月13日)
・関東弁護士会連合会, 宣言 都市再開発の現状と課題 (閲覧日11月13日)
・UR都市機構, モビリティスマートシティ豊田(11月13日)
引用文献一覧
・愛知県ホームページ,東三河総局県民環境部環境保全課 – Q&A(11月9日)
繋がり回るこれからの街コミュニティー
〜サービス・若者・意識〜
東京都立国際高等学校 国際学科 2年
西谷茉莉
持続可能性を目指すときに環境指標だけを考えてしまうと、他の様々な側面と調和しないどころか、新たな問題を生み出してしまう。だからこそ、経済や文化などの様々な視点の持続性やバランスに配慮することが必要である。よって私はサステイナブルを以下のように定義する。以下の文章では、下記に記す定義を踏まえた上で、コミュニティーに注目して 3 つのオピニオンを通して展開していく。
a. 余白のある設計 〜inclusive〜
オーストラリアに留学したとき、ビーチという無料の公共スペースに人々が各々の楽しみ方を生み出していたことが印象に残っている。おばあちゃんの家の縁側も同じで、日向ぼっこしたり、ボ〜っとしたり、走り回ったりと、様々な想い出が詰まっている。これらに共通するのは訪れた人が利用目的を自由にデザインする点であり、設計者が複数の利用目的を利用者に提示する複合型施設とは異なる。完璧な複合施設は最初楽しくても、多様であるものの有限な利用方法を満喫し終わると人は飽きてしまう。また、その利用条件に当てはまらない人は居心地が悪い。人々が好む場所は設計に余白が見つかることは、にぎわっている商店街でも発見できる。多くの人が行き交う商店街では資本主義にのっとって、お店が潰れたり、開いたりして常に市民がその利用を更新していける点にあると思う。これから SDGs の最大のテーマである誰 1 人残さない街づくりを達成するためにすべての多様性に対して完璧に見合う設計は難しくても、多様な人がその個性や目的を発揮できる余白を作ることで達成することができると思う。利用者の特徴を限定して設計するのをやめ、利用者の想像力によって多様な目的を持つ包括的な街や建物、スペースの設計が以下のオピニオンの根本にある。
1. 街づくり✖意識改革
街の役割とは家と学校を行き来して学びを終えてしまうサイクルを破り、若者を社会へと繋ぐ仲介として、学校では学べないことを学ぶ場所や経験を提供することだと思う。日本の若者は社会問題に関心が薄い。この結果が顕著に現れているのが若者の選挙率である。1 令和元年7月に行われた選挙での 20 歳の選挙率が 30.96% という結果であった。私はこの社会問題への無関心は身近な社会問題に接する機会の不足が一つの要因であると考える。人は社会問題によって何らかの影響を受けたときに初めて、その問題へ様々な感情を抱き、それが原動力となって問題をさらに学んだり行動に移したりすることができる。問題の当事者でなくても、家族や自分のコミュニティーが不利益を被ったり、嬉しいことがあったりしても喜怒哀楽を共にすることが可能だ。学校教育を通して多岐にわたる社会問題を扱っていても、メディアや教科書からの情報だけでは感情を揺さぶってくれる当事者意識は得られない。加えて選挙率の低さの要因には、18 歳以前に社会の意思決定に参加する経験不足もあるだろう。自分の意見を考える方法も分からなければ、自分の意見が反映される成功や失敗体験もなく、18 歳で急に選挙権を手にして戸惑ってしまう。そこで、街の人々の連携やコミュニティーの力を通し、町全を学生が社会の場で失敗や挑戦、試行錯誤を思う存分できる場所にすることできるだろう。街は自分が住む場所であり、みんな無関心ではいられない不思議な場所である。
街づくり探究
街づくり探究ではまず、学生が思う『住みやすい街』を想像する。そして、それと現状を比べることで街の課題を発見し、分析(フィールドワーク、アンケート)をする。最終的には解決案を街に提言したり、案を試験的に導入したりすることで実際の行動につなげる。特に重要なのは専門家や地域の人と共に実施することだろう。
私は今年の夏、地元の同級生と地域の商店街の協力の元『ブーメランバッグ 』というプロジェクトを始めた。家で使わない紙袋の寄付を地域の方々に呼びかけ、集まった紙袋をお店でマイバックを忘れた人に使って もらう循環型を意識したプロジェクトだ。これを始めたきっかけは気候変動やプラスチック問題に関心を持ち、知識を深めるだけでなく、身近な場所で行動に移し、変化を生み出したかったからだ。私はこのプロジェクト で、商店街や児童館の職員、区役所の環境課で働く人と関わる機会があった。結果、自分の街のコミュニティ ーを強く意識するようになり、街に愛着が湧くようになった。それに、今まで社会問題に対して無力感を感じ ていたが、様々な人の応援によって挑戦した1つの経験ができたことで、その気持ちも 180 度変わった。18 歳の意識調査では以前の私のように、自分で国や社会を変えられると思う人が 18.3%という極めて低い数値を示している。自分の街で社会の大人と同じ土俵に立ってやり遂げる経験はこの数字を変えてくれるだろう。(写真: ブーメランバック 撮影:西谷茉莉)
2.環境負担意識
2 国立環境研究所の江森正多氏は気候変動に対する無関心の根底には「環境負担意識」があると指摘している。環境負担意識とは、持続可能な社会を実現するためには、不便さや経済的負担、生活の質の低下に耐えなけれ ばならないという考え方である。worldwide views on climate change 2015 によると 3 日本の回答者の 60%が『気候変動に対処するための対策はそのほとんどが生活の質を脅かすものである』という認識を持ち、『気候変動に対処することが彼らの生活の質を向上させる機会である』と答えたのはわずか 17%である。一方、『気候変動に対処するための対策はそのほとんどが生活の質を脅かすものである』という回答の世界の平均は 27%であることから、日本人の負担意識の強さを読み取ることができる。この負担感が、日本人の環境問題や循環型社会への取り組みを妨げている。例えば『マイボトル=面倒臭い・不衛生』『環境配慮=がまん・生活の質を下げる』といった負担意識を強く持つことは、個人単位での環境配慮の努力が広まりにくくなる原因になる。私はこの環境負担意識を変える方法を、考案するコンポストプロジェクトを通して提案していく。この『街コンポスト』は地域の人が一丸となってサステイナブルな食のサイクルに入ることを可能にする。
環境負担意識の改善の1つ目は循環型の可視化である。循環型社会形成に向けた日本の取り組みとしてリサイクルがある。日本のペットボトルのリサイクル回収率は高いものの、食品用透明プラスチック容器やコーヒーカップなどペットボトル以外のリサイクルはまだまだ普及していない。特に日本は食品包装量が多く、コロナを機に減少するどころか過剰包装が深刻化している。このような現状の中で循環型社会への転換をするためには様々な分野で生きる人が、まず、サーキュラーに関するイメージをしっかり持つことが重要だ。生ゴミを集める→堆肥にする→地域の野菜作りの肥料となる→自分の食卓に新たな形で戻ってくる。この一連のサイクルを体感してもらうことで、現在のリサイクルを通し、自分が資源ゴミに出したものがどのような物に生まれ還るのか、また、自分の行動がどのように社会に貢献しているのかを見える形に表現し、感じてもらう。そして第 2 により多くの人が循環型に価値を見出す必要がある。例えばリサイクルに見出すことのできる価値には2つの種類がある。デポジット制などに見られる短期的、金銭的または物質的な利益。もう一つは感情や思い出として永続的に残る付加価値である。コンポストプロジェクトの物質的価値は、コンポストの堆肥を農家や堆肥サービスの企業へ渡す代わりにポイントや商品などを得ることであり、コンポストを通した地域のつながりや食のネットワークへの参加が非物質的な価値であろう。
環境負担意識の改善案の2つ目はサステイナブルを効率的に実践するために適切な技術を使うことだ。例えば、節電に関して、人が電気を最小限使わないように努力するよりも、電化製品そのものをエネルギー節約が可能なものに変えることで、考えずとも環境配慮をしていることになる。コンポストにおいては、分解の過程を子供などと一緒にじっくりと楽しみたい人は段ボールやプラスチックのコンポストが使用し、一方で忙しい人は家庭用生ゴミ処理機による肥料化や地域で共有したコンポスト場や機械などの選択をすることができる。個人の状況に応じて、それぞれに合う環境負担意識の少ない手段を賢く選ぶ必要がある。
3. サービスを動かす
コロナウイルスによって疾患を持つ人、高齢者やその家族は日々の公共交通機関や人混みを恐れながらの生活を強いられている。465 歳以上の高齢者への WEB アンケート調査では 60%がコロナ禍で、『1 年前に比べて公共交通機関の利用が4 割減少し、代替手段の検討は困難な状況。』と回答した。日本では少子高齢化により人手不足という問題もあり、サービスの量をむやみに増やすことはできない。特にサービス業が発展する一方で、これらの業界の非正規雇用やサービス業特有の労働環境などが問題となり人手不足が深刻化している。よってサービスを増やすのではなく必要な人に提供をする効率性向上のために需要と供給をしっかりと調和させる必要があるだろう。よって私はサービスが地域を巡る循環型サービスを提案する。この新しいサービス形態は様々な媒体を通して実現できるだろう。1つは、自動車やスローモビリティー、もしくは自転車などの乗り物が地域間を移動する方法だ。サービス提供に必要な設備を整えた乗り物が街を巡回する。そして、利用者はスマートフォンアプリを通して、動いているサービスの位置情報を取得し、近くを巡回しているサービスに足を運んだり、予約をしてサービスを地域に呼んだりする形だ。また、サービスを提供する企業は同じアプリを通して顧客の地域別、時間別の需要を計算してサービスを効率化し需要と供給を調節していくことができる。その他には空き家に必要な移動式設備を運び入れることで、動くサービスを提供することも可能だろう。
この循環型サービスを利用して解決できる問題がもう一つ存在する。5 国土交通政策研究所の調査では『豊かで住みやすい点と豊かでなく住みにくい点は何か』と言う質問に対する回答の上位 3 位に「街ににぎわいが足りない」が含まれた。今の街は図 1 にあるように、地方から都市や郊外に流れ込む人の動きに加え、その都市の中でも複数のにぎやかな中心地に人の流れが集中している。よって、地域間による住みやすさに格差が出たり、空き地が一部の地域で増加したりする悪循環が生まれている。これらの地域格差の一つの要因としてコンパクトシティーがあげられる。連携中枢都市圏構想は様々なメリットがあるものの、拠点とそうでない場所での格差が広がってしまう。そこで、循環型サービスが地域間を行き来し、協力しながらサービスを共有することで、その格差を縮めることができる。
最後に
私はゲリラ豪雨や熱波から逃げるようにして建物に避難するように生きることに違和感を感じてしまう。本来 私たちは自然と共に生きていたはずなのに、自然から逃れるシェルターを求めている。今、今までの自然と人 間を隔てていた密閉空間の設計を大きく変える機会がコロナによってもたらされた。脅威をチャンスと捉えて、今の自然との対話を始める時がきたと思う。
参考文献
2 (Yahoo!)
3 (worldwide views on climate change 2015 result report)
5 (国土交通政策研究所) 全国の市町村長及び特別区長における地域づくりに関するアンケート調査
建築は凍った音楽か?
角川ドワンゴ学園N高等学校 2年
小林るり
「建築は凍った音楽である」とゲーテは表現した。凍っている状態とは、どんなイメージと結びつくだろう。例えば氷は水と違って、動きがない。動きがないものは死と連想されることもある。建築は、凍っているのだろうか。建築を流動的で、生きたものにすることはできないのだろうか。
新型コロナウイルスの流行により起きた課題は数えきれない。ここでは私はそのうちの2つを取り上げ、これからの将来の暮らし方を考える手がかりとしていこうと思う。
1つ目は、メンタルヘルスについてだ。2020年8月に世界保健機関が130カ国以上の国を対象に実施した調査 (1) では、93%の国において重要なメンタルヘルスに関するサービスがパンデミックによって中止されたという結果が出ている。加えて、不安定な経済状況、感染への恐れ、外部から遮断されている環境などから起こる不安が多くの人の心の健康に悪影響を与えていることは想像に難くない。また、新型コロナウイルスの流行以前の記録を見ても、2020年版自殺対策白書 (2) によると、2019年の20歳未満の自殺者数は2000年以降では最多を記録していた。加えて、15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは、G7では日本のみであり、その死亡率も他の国に比べて高いものとなっている。現在の時点では将来どんな影響が残るのかは予測が難しいであろうが、これからの人間のウェルビーイングを考える上で、今までよりいっそうメンタルヘルスが重視されるようになるのではないか。
2つ目は、特に高齢者の社会的孤立についてだ。私の大伯母は、少し前に配偶者を亡くした。その辛い時を乗り越えることができたのは、彼女が参加していたボランティアの存在のおかげだという。このことから私は、高齢者を孤独から守るには、コミュニティの所属が有効な対策なのではないかと考えている。電動車いすを販売する「WHILL」という会社が今年8月に全国65歳以上の男女600名を対象に実施した調査(3)では、34.8%が自粛前後で週5日以上の外出が減ったと回答している。さらにシニア世代の約7割が緊急事態宣言後において社会参加の機会が減少していることがわかった。また、身体の状態や社会と関わり合いへの自信の欠如が、さらに社会参加をためらう要因にもつながり、外出機会の減少が、負のスパイラルを引き起こしている可能性がうかがえる。新型コロナウイルスは特に高齢者に危険が大きいため、社会参加を躊躇ってしまうのだろう。また、総務省の「通信利用動向調査」(4)によれば70代のインターネット利用率は74.2%、 80代は57.5%となっており、両方の世代の利用率は過去の記録より大幅に高くなっているが、未だインターネットを使っての社会参加が難しい高齢者が一定数いることがわかる。孤独死防止や防災の観点から見ても、高齢者の社会的つながりを保つことは地域に重要な取り組みであり、今後どのように対策していくかを考える必要がある。
この2つの課題について、私は2つの観点を提案したい。そして最後に、それらを組み合わせた、理想的な住居を考えていく。ここでの住居は、アパートメントのような、集団住居を想定している。
1つ目の観点は、自然だ。自然は私たちの考え方、感じ方に深く関係している。例えば、120名を対象に行われた実験(5)では、自然の風景か都市部の風景を被実験者に見せた後に体調の調査を行った。すると、自然の風景を見たグループの方がストレスが低く、心拍や脈も良好、ストレスからの回復率も高いという結果がわかった。さらに、人間と自然の関係とその健康に及ぼす影響(6)についての調査では、自然との強いつながりは感情のウェルビーイングを助け、社会的孤立の感覚を軽減し、不安症や気分障害を持つ人々を助けることができることがわかった。それだけでなく、自然に触れることが多い人は環境保護に意識が高く、責任感が強いという。つまり、人間と自然の近い関係は、双方にいい影響があるということだ。加えて、自然の中でも日光は特にメンタルヘルスに大きな貢献をする。日光を浴びることは「セロトニン」という、落ち着いたり、集中することを助けるホルモンを放出させる。一方、セロトニンの放出が少ないと、季節性鬱になる高いリスクがある。その他にも日光を浴びることはビタミンDの分泌を助け骨を強くする効果があったり(7)、肌の調子の改善を助ける効果がある(8)。以上のことから、自然と人間の良好な関係を築くこと、自然に身を置くことは私たちの健康な生活に重要な役割を果たすことがわかる。
2つ目の観点は、音楽だ。音楽には2つの力があると私は考えている。1つ目は、気持ちを支える力だ。これは自分の体験から感じていることで、今年の2月から今までの自分の精神状態を振り返ってみると、音楽をたくさん聞いているときは安定しており、音楽が生活にないときは不安定だった。科学的な観点から見ると、音楽セラピーの効果を調べた調査(9)によれば、音楽は鬱や不安を軽減し、自己肯定感や気分をあげ、また脳の状態と結びついているパーキンソン病などの気分障害の患者の治療にもなるという。つまり、音楽はメンタルヘルスを向上させるツールになる。2つ目は、音楽には人々を繋げる力がある。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い街が閉鎖された時、イタリア、イスラエル、スペイン、アメリカ合衆国など各地で近所の人々とともに歌を歌い始める現象が起きた。なぜこんなことが各地で一斉に起きたのだろう?世界経済フォーラムの記事(10)によれば、それは集団への所属と参加の感覚を生み出すからだと言う。例えばノートルダム大聖堂が火事になった時も、道にいた人々が歌い出したこともあった。それは、パリの人々がお互いに、聖堂が破壊されようともコミュニティは継続することを証明する必要があったことの表れだったのではないかと記事は書いている。また、脳科学的には合唱をすること(11)や他の人とその場でアドリブで一緒に歌うこと(12)が、「オキシトシン」と呼ばれる、私たちが他人と交流するときに発される、いわゆる「幸せホルモン」の分泌を増やすことがわかっている。オキシトシンは抗ストレス作用がある(13)とも言われている。つまり、人々が危機の場で歌い出すのは自分と他者の存在をお互いにたしかにし合い、かつ自らをストレスから守るためなのではないだろうか。そしてその所属の感覚は高齢者の社会的孤立を防ぐのに、ストレス回避のメカニズムは心の健康を守っていく上で参考にできるだろう。
さて、住民のメンタルヘルスとコミュニティを優先事項に置いた住居とはどんなものだろう?ここで私は、最初の問いに戻りたい。「建築を流動的で、生きたものにすることはできないのだろうか。」
文字通り生きた建造物がドイツで作られた(14) 。微細藻類をフォトバイオリアクターという光源を利用して光合成微生物を培養するバイオリアクターにいれ、ファサードに利用している。私はこの素材を2つの点で利用したい。1つ目は、藻類が生成した化合物をバイオマス燃料として利用すること。2つ目は、日光の調整として藻を利用すること。例えば冬に日光がない時は、藻は繁殖しない。するとファサードは透明に近くなり、光がその分室内にたくさん入るようになる。先ほども見たように、日光は人の健康に大きく関わる。この素材は自然にも優しく、人の心身の健康にも配慮した建築物作りに役立つだろう。もちろん、建造物のファサードや外部だけでなく、建築内にも植物など自然と触れ合える場を設け、そして自然と人間の循環システムも兼ねる。例えばシャワーを浴びた後の水を植物に再利用するなどが挙げられる。これらは人間と自然の良好な関係を築くことと、そして自然の中に身を置くことにつながるだろう。そして最終的に人間の良好なメンタルヘルスを形作っていく。
さらに、住居には住人が力を合わせて「音楽を作る場」を設置する。パンデミックが終わってもしばらくは唾液の飛沫が心配な人も多いだろう。そこで私が提案したいのは、「佇まいの部屋」と「歩く鍵盤」だ。「佇まいの部屋」は、隣り合った個室にいる人の影がうっすら見えるように区切られた部屋で、音が反響しやすいようになっている。そこで歌い、隣の部屋の人とともに合唱できるという仕組みだ。隣にいる人の顔がはっきり見えないことで恥ずかしい気持ちをなくし、のびのびと歌えるようにしていると同時に、誰かの「佇まい」を感じることのできる、半分繋がっているような感覚を起こすことを目的としている。また、「歩く鍵盤」は、フォルクスワーゲンのCM(15)を参考にしている。このCM内では、ある駅の階段をピアノのキーボードのような見た目にして、実際に音が鳴るようにするという実験が行われた。その結果、エスカレーターではなく階段を選ぶ人が通常より66%増えたというものだ。私はこれを、音楽作りと健康づくりの両方の面で取り入れたい。まず音楽の面で言うと、これは合唱の拡大解釈だ。この鍵盤を踏めば歌や楽器の演奏のうまさは関係なく他の人と共に音楽を作ることができる。果たしてこれがオキシトシンの分泌につながるのかは調査が必要だが、協働作業の楽しさをコミュニティ内で生むことができるのは確かだ。健康づくりの面でいえば、歩くこと自体が楽しくなれば、部屋の外に出て鍵盤の上を歩く人が増えるだろう。歩行なら高齢者にも負担にもならず、部屋から出ることで住民同士の交流も生まれ、高齢者の社会的孤立を防ぐことができるのではないか。これらの音楽を作る行為は、住民の所属の感覚を養うことと、日常に音楽があることでメンタルの状態の向上につながる。
以上が私の考える、これからの暮らしをどのように建築が助けられるかだ。建築はもはや凍った音楽ではない。コミュニティの暖かさで冷たい表面は溶かされ、息を吹き返し、流動的な、生きている音楽そのものになるだろう。
参考文献、引用元
(1)https://www.who.int/news/item/05-10-2020-covid-19-disrupting-mental-health-services-in-most-countries-who-survey
(2)https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/18/index.html
(3)https://whill.inc/jp/news/28585
(4)https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/200529_1.pdf
(5)https://d1wqtxts1xzle7.cloudfront.net/6854276/Ulrich_R_1991.pdf?response-content-disposition=inline%3B+filename%3Dstress.pdf&Expires=1606654268&Signature=BVhrDdOf3o4gYkP8hGkKHLEts~sFFDGtaEsiaTpgTC0wGq0FXSYRLoX00ZsdbJ-Z9evCbl4bjgkbPFRKZ0ijmdxNVbl8IUy8Byqcw-7m~gT0fxmpizRNC2H53hJIPNu-2LKvLfl~s5jMpclTU~XNe6gC0bkNfDoVFt6koXqwp60MTNJPm1ZJZ-f~h9K3ZhdlxPpLt-q8jmj0TbvIAxtksuGW5pQhxm89wvs0rRSNqj9DUg3RmkZ~6NlaUvPMu3t6TYKbCIwMU6UMMuPcBbj9ACTdWbzi0xi-Mqpj1huD~MQfySqL826Sw1eUEdX9XPoefSLomB5LzZGxLwoC2NGA3A__&Key-Pair-Id=APKAJLOHF5GGSLRBV4ZA
(6)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpubh.2016.00260/full
(7)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2290997/
(8)https://www.who.int/news-room/q-a-detail/radiation-the-known-health-effects-of-ultraviolet-radiation
(9) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4369551/
(10)https://www.weforum.org/agenda/2020/03/coronavirus-music-covid-19-community/
(11)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnhum.2015.00518/full
(12)https://www.researchgate.net/publication/319703525_Choir_versus_Solo_Singing_Effects_on_Mood_and_Salivary_Oxytocin_and_Cortisol_Concentrations
(13)https://www.terumozaidan.or.jp/labo/class/s2_11/interview01.html
(14)http://www.niggli.ch/en_ch/the-algae-house.html
(15)https://youtu.be/2lXh2n0aPyw
「咲くやこの都市」
茨城県立竜ヶ崎第一高等学校 2年
和氣 玄虎
今日、僕たちは、今世紀最大であろう世界的「負の遺産」すなわち、コロナウイルスと正面から向き合ってゆかなければならない状況下となっている。新型コロナウイルスにより、人々の精神的、肉体的における疲労が、外出制限、あるいは娯楽施設の制限によって、限界に達していると考えられる。実際、僕も部活の友達と外食をすることが出来なかった。また、外出禁止令が出ていた頃には適度な運動もできずにストレスが溜まっていたこともあった。しかし、此の上とも会社に行くために都心へ足を踏み入れる社会人は、より多くの恐怖、心配、不安が心の中に植え付けられているに違いないと感じた。そこで、何か社会人の方々の力になれないだろうかと考えた。そして同時に「他の色々な人達にも少しでも勇気づけたい」「面白い!」「すごい!」と楽天感を与えたいという思いが芽生え、今回のコンテストと結びついたのである。
このコンテストに挑戦しようと思った主な動機は学校の授業である。僕の母校では、週に1時間、「探求活動」という授業がある。そこでは、SDGsにおける17のグローバルの目標から1つを選び自分自身がその分野にそった内容を探求していくという活動だ。僕は昔、物を作ることや絵を書くことが好きだった。これを基に、少年時代の自分を見つめ直し、たくさんのアイデアを生み出したいと思い 、17のグローバル目標の7番目「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」という目標に沿って取り組んだ。そこで「光を活用し、いかに効率よくエネルギーを生産することができるか」という観点に焦点を置いた。つまり、太陽光パネルの形を変形して発電効率の上昇を図るというものだ。実際、太陽光パネルの専門の会社へインタビューをさせて頂いたり、自ら直射光と反射光の光の強さを計測した実験も行ったりした。その際、学校で目にしたのが「GBJ学生オピニオン・チャレンジ」だ。このような探求を通して手に入れた知識を無駄にしたくなく、来年には受験勉強をしなければならないため、恐らく今後、人生の中でこのようなコンテストに挑戦することが出来ないだろうと感じ、取り組んでみたいと思ったのがきっかけである。
太陽光パネルの設置場所は年々限られており、最近では、湖にもパネルを展開している。もちろん、家やビルにも太陽光パネルは設置されている。また、太陽光パネルを設置するために森林伐採が行われてしまっているのも事実だ。実際に、神戸市では、山の森林を伐採し、ソーラーパネルを設置した結果、豪雨で太陽光パネルが崩れ、新幹線の運行に支障が出た。これでは、環境を良くするという観念さえ無視してしまっている。以上を踏まえ、地上という平面上だけでなく、空間上において何か出来ることはないかと考えた。そこで、探求活動で手に入れた経験を活かし「どのような太陽光パネルの形が、最も発電量を上げることが出来るのか。また、コロナ禍のご時世の中で、常に疲労を抱えている社会人のために、少しでもその疲労を軽減して、同時に笑顔を届けるためにはどうしたら良いか」という観点に着目した。
それらの事柄から僕が創案したプロジェクトは、古今和歌集や百人一首にある和歌の一節である『咲くやこの花』と関連付けた『咲くやこの都市』というプロジェクトだ。このプロジェクトはなべて言うと、ビルの屋上に太陽光パネルで製作した「花」を咲かせるというものだ。すなわち、建築&デザイン&環境の融合である。そして、この「花」には様々な工夫が施されている。
まず第一に、「花」というのはどういうものなのかについてだ。花をモチーフにしたのは直感の思いつきであるが、無数にある花の中で、僕はハスの花をイメージして創作した。1枚1枚の花びらは太陽光パネルを使用する。何故、ハスの花を選んだかというと、ハスの花言葉は「清らかな心」であるからだ。コロナ禍により気持ちが落ち込んでしまっている人達に少しでも明るくなってほしいと思い、この花を選んだ。
第二に、設計内容についてである。太陽光パネルで製作した「花」は、ビルの屋上に大きく設置する。また、太陽光パネルで製作した花びらは開閉が可能であり、朝方頃には花びらは開き、夕方頃には閉じるという仕組みになっている。このような些細な動作を取り入れることで、サラリーマンなどの出勤時間と退勤時間と一致させ、少しでも一体感や感動を与えたいという考えである。
第三に、建築物の機能性と有効性だ。僕は学校で、太陽光パネルについて学び、同時に直射光と反射光の光の強さについて学んできた。その中で『「反射光」は何かに役立たせることは出来るのか』と考えた。そこで僕が注目したのは、ハスの花で作成した太陽光パネルの花びらの裏側である。簡単に言うと、裏面の表面を鏡でコーティングするというものだ。そうすることで、1段下にある太陽光パネルから排出される光の反射光をその鏡で反射させ、もう一度太陽光パネルへ届けることが出来る。このような機能を取り入れることにより、通常よりも遥かに多い光を吸収できるのではないかと考えた。そしてもう1つ、ハスの花の中心にある「蓮口」に着目した。蓮口にも太陽光パネルを設置するのも良いが、代わりに大きな丸い植物を置いてみてはどうか。デザイン面において一層良くなるのではないか。それだけではなく花びらの構造上、雨が降ってきた場合、雨水が花びらを辿り中心へと流れ込む。そうすることで、植物の世話なしに成長を促すことが出来るのだ。まさに、エコロジーのシンボル的存在だ。
このようなプロジェクトを行うことにより経済的な復旧も見込める。現代の日本はコロナ禍により観光者数が例年と比べて減少傾向にある。日本政府観光局(JNTO)によると、今年の1月から9月の間における訪日外国人の数が20444620人減少、すなわち、-83.7%にまで落ちてしまった。この「ハスの花」は、上空から見る、あるいは、地上から見ると、この建築物の見え方は全く異なる。そのため、これを上から見たいと思ってくれる人が、設置されている建物よりも高い所(東京タワーや東京スカイツリー)へ登ることで、多数の観光客が見込めるだろう。少しの微力であるが、このプロジェクトにより少しでも観光業界の力になると期待したい。
僕は来年、4年制大学を志望している。そして現在、都市、環境、デザインの3つの観点を中心としての学部・学科に進学をしたいと考えている。この様な大学に行くための下準備というわけではないが、受験勉強が始まる前にそのようなカテゴリーに手を付けてみたかったということも「GBJ学生オピニオン・チャレンジ」に挑戦した理由の一つである。つまり、このコンテストにより、志望学部・学科への意欲を高めることが出来た。そして、主観的に物事を見てしまっていた自分が、客観的に物事を見ることが出来るようになった。 もしも、このプロジェクトが実現されたら、それは夢である。しかし、サステイナブルな建築、都市、それによるコミュニティの発展に繋がった物を作成することが出来たと感じている。このコンテストは、独力で一から試行錯誤し、取り組みを終えることが出来たので、自分自身の成長にも繋がった。本当にこのコンテストに挑戦出来て良かったと思う。
【参考文献】
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%92%B2%E3%81%8F%E3%82%84%E3%81%93%E3%81%AE%E8%8A%B1
http://megasolar-sokuhou.seesaa.net/article/477162363.html
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150121/432583/?ST=m_news
https://statistics.jnto.go.jp/graph/
「グリーン・コーポラティブハウスを支える3本の柱」
東京都立白鴎高等学校 2年
山田 佳怜
1. はじめに
今回、私が提案するのは、高次元でのグリーン化を追求したコーポラティブハウスである。コーポラティブハウスの歴史は古く、その起源は18世紀後半のイギリスの「建築組合」にまで遡る。その後、大陸ヨーロッパに拡がり、私が幼少期に3年間住んでいたドイツでもご近所にもいくつか建っていた。一方、日本におけるコーポラティブ住宅の歴史は30年前後とまだ若く、集合住宅全体に占める割合でみれば僅か。とはいえ、既に約7,500戸を超える規模で建築されており、今後、コーポラティブハウスがビジネスモデルとして定着する素地は十分に整っている。
現に先日、屋上家庭菜園をウリにするコーポラティブハウスの折り込みチラシが我が家にも舞い込んできた。今回のグリーン化の提案は、この方向性をさらに2~3歩ほど先に進めたものである。目指すは、自給自足とまではいかないとしても、都会の生活を営みながら菜園の食が楽しめ、グラスウールやウレタン材に代わる天然の生きた「断熱材」による自然空調を完備し、都会の「羊飼い」によって除草を行うコーポラティブハウスである。少々飛躍した内容に聞こえるかもしれないが、私は全くもって本気である。最後まで読んで頂ければ、膝を打って賛同して頂ける内容であると自負している。
2. クローン自家増殖型家庭菜園
今回、提案するコーポラティブハウスのグリーン化は計3本の柱で構成される。まず1本目の柱は、住民が連携して野菜を自家増殖し、家庭菜園をシーズンいっぱい、さらには四季を通して楽しもう、というもの。私は高校2年生であるが、現在、ご近所の大学の研究室に加えて頂いて、先生や院生と一緒にトマトの遺伝子構造を解析するプロジェクトに携わっている。アグリ(農業)からアーキ(建築)への他流試合、と言えそうであるが、高校では物理、化学の選択である。上記研究の中核は、農研機構のスーパーコンピューターを駆使して進めていくものであり、要すれば垣根などないのである。その研究も後半は発見した遺伝子を操作することによる効果を測定すべく、我が家の菜園での育苗実験を予定している。トマトは苗の脇芽を摘み取る、すなわち「芽かき」することにより、水耕栽培を介して苗の自家増殖が可能となり、来年の夏に予定している育苗実験では、こうした自家増殖キットを多数用意することになる。
上記の研究準備に向けた作業から得た着想が、今回の提案に繋がっている。要すれば、ネズミ算式に週単位で苗が増えていくのであるから、ピーク時には相当の「作付面積」が必要となる。このため、屋上で苗の自家増殖・栽培作業を行う。一方、水耕栽培で苗が地植えできるまでに成長すれば、いよいよ各世帯に配布して各戸のベランダで育て、収穫し、食材として消費してもらう。予想を超える豊作なら、玄関先でフリー・マーケットに出しても良い。また、何も植物はトマトに拘る必要はない。同様の要領で多様な野菜を育てられれば、作付け時期を選ばず、四季を通して園芸を楽しむことも可能である。
もちろん苗をホームセンターからたくさん買ってきて作付けすることも可能であるが、敢えて1苗から自家増殖するのである。小中学生のお子さんがいる家庭がこうした園芸に積極的に参画すれば、きっと一生忘れることのない刺激的な原体験となるだろう。ひいては、将来の学生の理系離れへの有効な対策になる。何もわざわざ塾に通わずとも、コーポラティブハウスに住むだけで、子供たちの理系の素養を習得することが出来るのである。それも、親も子供そっちのけで家庭菜園を楽しみながらに、である。
そもそも自家増殖とは、昨年来、種苗法改正を巡る白熱した議論の焦点となった農作業のプロセスである。因みに、あの批判は的外れであった。実際にやってみれば解かるのであるが、たとえクローン、すなわち、遺伝子構造は同一であっても自家増殖を繰り返していくにつれ、環境(気温や日照時間等)の変化や遺伝子情報の転写バグにより収穫が逓減していく。このため、プロの農家の間では自家増殖はあまり広範には行われず、種苗はメーカーから調達するのが一般的である。農家が自家増殖出来なくなるとして昨年、種苗法改正に断固反対していた一部の有名な芸能人もいたが、そうした現場の実態をご存知でなかったのだろう。なお、住民間の収穫した野菜の交換や、フリー・マーケットへの出店であれば、有償なら当然のこと、たとえ無償提供であっても種苗法に準拠する必要がある。もっとも、非登録品種か、登録後20年を経過した期限切れ品種を選べば、コンプライアンス上問題がないことも確認済みである。
トマトは生命力が強く、自然体で成長すると大人の背丈を越える。実際、高齢化の進む生産農家の収穫作業負担に配慮して、背の伸びない「二本仕立て」等のトマトを現在、種苗メーカー各社が競って開発している状況にあるようだ。裏を返せば、トマトの枝葉がベランダから室内に注ぐ直射日光を和らげるグリーン・カーテンにも使うことができることを意味する。何も、ゴーヤやヘチマなどに拘る理由はないのである。
3. 外壁を覆うグリーンフェンス
以上、第1の柱は屋上での大規模な種苗の自家増殖から始まり、各ベランダの家庭菜園へと繋がっていく。次の第2の柱では、外壁をグリーンフェンスで覆うアイディアを提案する。今度は、部屋単位でなく建物全体でグリーン化し、夏は涼しく冬は暖かくする工夫を凝らそうと考えたのである。繁茂するアイビーで覆われた同潤会青山アパートは、皆さんもご存知かと思う。これをコーポラティブハウスに活用する。
外壁に直接、アイビーを這わせるのは建物の構造によくない。通気性の確保もかねて、サイディング部から数十㎝離してメッシュのフェンスでカバーし、その表層をアイビーなど蔓性の植物で覆うのである。低層エリアであれば、アイビーの代わりにブドウを植えてこちらも収穫するのもよい。下水溝に繋がる排水桝に根を伸ばさせ、水分と有機化合物を吸い上げれば、わざわざ打ち水で貴重な水道水を消費する必要はないし、カルキの入った水道水で外壁を白濁させることもない。植物による吸い上げで汚水を減らすことができれば、下水処理施設が汚水を分解するために消費する大量の電気の節約にもなる。排水桝は定期的に清掃するため、そうした機会を捉えてしっかりとメンテすれば、むしろアイビーの根で排水管の詰まりを抑制、解消できる。合意形成の観点で、おのずからタワーマンションのような大型化が困難なコーポラティブハウスの規模であれば、甲子園球場の赤レンガの外壁を覆う程度で十分であろう。
因みに、フェンスは人間が乗ることもできる頑丈な支柱を立てて据え付けておけば、台風が襲来しても問題ないし、十年ごとの外壁のメンテナンス時も、単管パイプの足場を組んではばらす必要がなくなる分、修繕積立金の温存が可能となる。
4. 都会の「羊飼い」
最後となる第3の柱は敷地内の除草である。要すれば敷地内の雑草を羊に食い尽くしてもらおうという試みである。山羊でも良いが、朝晩は五月蝿いと住民から苦情が来るかもしれず、ここでは羊を選択する。アスファルト舗装や除草剤を撒く必要がないということは、逆に言えば敷地全体を思い切ってグリーン化できることを意味する。最近は羊や山羊をレンタルする事業が好評を博しているが、私の提案に新規性があるとすれば、アルプスの山間部ではなく、都会で行う羊飼いにある。敷地内で羊を2~3頭飼って、自賄いの除草作業の隙間は、周辺の集合住宅やオフィスに貸し出すことで、コーポラティブハウスの一員として羊たちにも管理費ぐらいは稼いでもらおうではないか、というわけである。
さて、ここまで話を進めたものの、果たしてフィージビリティがあるのかと疑問に思われるかもしれない。最後の「ひねり」は、こうである。管理人を農学部の学生による住み込みとするのである。住民に対して技術指導を行い、グリーンフェンスの管理も行って頂く。さらには、酪農の研究や、場合によっては獣医科の学生が加われば「羊飼い少年」の物真似などは朝飯前であろう。集合住宅のファシリティ管理だけを担う通常の管理人であれば、巡回方式で何棟もの物件の管理を掛け持ちしなければ、十分な報酬は得られないと聞く。もっとも、上記の方法であれば、1棟でも十分に処遇することができる。農学を専攻する大学生や大学院生が管理人となって住み込む。これにより学生は下宿代を節約して、専門外の労働集約型のアルバイトに精を出す必要もなくなり、学業に専念することが可能となる。管理人室をシェア・ルームとすれば、全寮制の寮のように切磋琢磨すること間違いない。一石二鳥、いや三鳥なのである。
以 上
【大学生の部】
グリーンビルマップの可能性
東京大学 農学部 緑地環境学専修 学部4年
吉野 知明
グリーンビル(以下GB)という、地球にとっても人にとっても優しい建物は、これからの持続可能な社会において重要な考え方となってくるだろう。日本では人口減少が全国的に進んでいて、東京などの都市部においても、今後まもなく人口のピークを迎え、減少に転じると予想されている。こうした状況下で、都市の再編は差し迫った社会課題となっており、戦後の高度経済成長期における無秩序で拡大する一方であった都市の発展ではなく、計画に基づいた戦略的な都市経営が必要となってくると思われる。成熟社会となった日本で、都市は人々の単なる経済活動の空間ではなく、安全で快適な充実した生活を実現する場として、人々の多様なニーズや都市内外の環境と調和していくことが求められている。日本においてGBを推進し、より社会に導入していくことは、先進国として地球環境問題へ貢献することに加え、質の高い暮らしを実現するための非常に有効な方策であると私は思う。
また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックという未曾有の事態を人々は経験し、生活に対する価値観が大きく変わるきっかけとなった。従来、生産性の追求という宿命に追われ、満員電車で通勤し、無機質なオフィスの中で半日を過ごすという生活を普通としていた人々も、コロナ禍での在宅勤務や時差通勤の取り組みを経て、仕事のやり方に様々な改善の見込みが感じられたのではないだろうか。快適な通勤・労働環境を人々はより求めるようになり、暮らしを充実させることへの意識が加速的に広がっていくと私は予想する。
GBの認証として代表的なLEEDやWELLでは、人の健康も評価対象とした認証を行なっていて、建物が人に与える身体的・精神的・社会的な影響が重要視されている。こういった要素は、コロナ禍を経た人々の興味関心に合致するもので、建物をGBの観点から評価し情報開示をすることは、社会的意義が大きい。
一方で、日本におけるGBの認証事例は、海外に比べて依然として少ない状況にあり、より展開されていくことが望まれる。先進国の中でも認証が少ないことは課題であるが、今後大きく拡大していくポテンシャルがあると捉えることもでき、認証制度の主流化に向け、長期的で野心的な戦略を持ち活動を進めていくことで、将来、日本の都市経営の要素として、GB認証が重要な立場を獲得できる可能性は十分にあると思われる。しかしながら、認証制度に関する理解は、都市のディベロッパーや政策立案者の間では浸透しつつある一方で、一般の人々にとっては理解が十分でないと思われる。GBの考え方が日本において存在感を増していくには、一般の人々の理解が不可欠である。良好な建物空間を潜在的に求めつつも、そうした認証があることを知らない都市住民を対象に、GBという存在を伝える取り組みが重要である。
都市住民のGB認証に対する認知拡大を目指す上で重要なことは、GBが日常生活の一部として身近な存在となることである。GBが社会に広く理解される未来に向け、私は、グリーンビルマップ (以下GBマップ)の開発と、それを活用したサービスの普及を提案したい。GBマップサービスの普及には、GBの情報開示プラットフォームの整備、またそれらの情報の地図化というプロセスがある。
まず、情報開示プラットフォームの整備は、GBの認証結果を、人々が様々な意思決定に活用できることを目的に行う。アクセシビリティ面で優れたプラットフォームを整備することで、不動産関連の資産家や投資家、ビルへの入居を検討する事業者などが容易に建物の評価を確認することができる。これにより、高評価なGBは資本価値の上昇が期待でき、周辺の住民も強い関心を寄せることとなるだろう。また評価結果に加えて、建造物の写真や利用者の声などを市民から募り掲載するといった、GBの評価サイクルの一部に一般市民を組み込む方針も、よりGBの認知拡大に重要であると思われる。arcのように、先行するGB関連のプラットフォームを活かしつつ、さらなる一般層への浸透を目指して整備を行う。GBの認証事例および開示情報が増えていくことが、地図化の前段階として必須であるため、魅力的で参画型のプラットフォームを構築することが急務である。
次に、情報の地図化については、情報開示プラットフォームと連動し、より一般市民が日常生活でGBを意識・利用することを目指している。そのため、都市住民の生活に密着したメディアである地図を活用する。情報通信技術の発展により、GIS(地理情報システム)やビッグデータといった新たな機能が登場し、これらを有効活用した新規性のある便利な地図のサービスが、現在多く提供されている。特に地図アプリは、都市住民にとって必要不可欠なツールとなっており、GBの認知拡大を目指した取り組みにおいても、都市住民へのアプローチとして非常に有効である。都市住民のニーズに沿ってGBに関する情報を地図化し、地図アプリで表示・活用することが望ましいと考える。例えば、ふと自分が訪ねたビルや商業施設がどういった点に配慮して設計・運営されたものか、地図アプリを開いてすぐに確認することができれば、GBがより身近な存在として感じられると思われる。また、地図アプリの代表的な機能の一つに、目的地への経路検索がある。現在の経路検索は、時間や費用面から判断された結果が表示されているが、心身の健康や豊かさが重要視されている現在、道中の景観といった環境面を大切にする人が増えていると感じる。そこで、地図化されたGBの情報から、単純な最短経路ではなく、多少の迂回が生じても、WELL認証で評価されるような空気・光・温熱快適性・音・材料・こころ・コミュニティなどの観点から、緑が多く癒しが期待できたり、快適性に配慮してデザインされていたりするような経路を表示してくれるサービスが望まれているのではないだろうか。また、気候変動など環境問題に対する意識も高まる中で、環境に配慮したエコな施設等を経由したいと考えるのであれば、GBの情報に基づきエコロジカルフットプリントの観点から好ましいと思われる経路を検索できるような機能も期待されると、私は考える。
もちろん、こうした地図化に伴うサービスは、認証件数が少ない中では検索してもGBに該当しないなど、完全なものとはなり得ないだろう。しかし、未完成であっても早期にこうした取り組みを始めることで、GBはますます社会に浸透していくはずである。従来の建造物とGBが並存した状況下でも、GBマップで都市住民にGBの存在を周知させることは、先駆的な事例が注目を集める好機になり、また他の建造物がGBへの移行を検討する原動となる。例えば、GBが経由地として多くなることで、従来の建造物よりもGBの方がテナントの集客力が高くなるかもしれない。また、GBが他よりも賑わいを持つようになれば、広告の掲出場所としてGBが望まれるようになることも考えられる。GBであることで潜在的にインセンティブが生まれるような社会への兆しが強まれば、必然的にGBのさらなる拡大への勢いは増ししていくだろう。
私は、大学で生態系サービスなど生態学を専門に勉強している学生である。生態系サービスという自然が人に与える便益は、定量化することが難しいとよく耳にする。GBについても同様で、建物が人に与える便益を定量化することは難しく、認証制度における方法論の構築や評価の体系化が進められているが、発展途上の研究分野であると思われる。GBマップを普及させ、都市住民のGBに関係した活動や志向について、データとして蓄積・分析することができれば、GBのもたらす快適性や安らぎといった便益の解明に役立つと考えられる。例えば、どういったGBが多く利用されているか、どういった機能に都市住民は関心を寄せているかについてGBマップの検索・閲覧データから分析を行うことで、GBのもたらす様々な便益について、価値の推定や比較、定量化が可能になると思われる。
2030年のSDGs達成に向けた今後の10年は、人類の未来にとって非常に大切な時間であり、より良い社会の実現に向けて今すぐに動き始めることが求められている。GBの考え方はSDGsに貢献するもので、今後その存在感は確実に増していくだろう。しかし、時代の流れに任せるのではなく、GBの重要性を積極的に広めていく姿勢が重要である。ディベロッパーや政策立案者だけでなく、都市住民というGBに最も身近なステークホルダーから理解を得ることで、GBは社会に対して正の効果を十分に発揮することができると思う。GBマップを通して、都市に暮らす人々が、普段の生活の何気ない外出でも、ふとGBを意識するような未来を、私は生きてみたいと思う。
暮らしの社交が生み出すCASINO Tech
-持続的なIRの産業集積システム提案-
早稲田大学 創造理工学研究科 建築学専攻 修士1年
泉川時・山川冴子
【概要】
観光業に依存したIRに懸念されるグローバルリスクを回避し、持続的な地域産業を構築するため、IRを下支えする「暮らしの社交」が生み出す「CASINO Tech」を提案する。開発の速度を緩め、教育プログラムの導入やサポーター企業の招致によって、夜間就労者の「暮らしの社交」を維持する社会構造を形成し、クロステック企業を促進させる「CASINO Tech」による新たなIRの価値づけを行う。
【背景:IRの課題と提案の枠組み(図1)】
グローバル化に伴い、観光業の重要性は経済効果や地域活性化の観点から度々述べられてきた。日本でもインバウンド消費による経済効果は年々増加し、2018年には特定複合観光施設区域整備法案が成立し、2020年代の開業を目指した特定複合観光施設(以下、IR)の開発が進められることになった。
IRではカジノやエンターテイメント施設、ホテルやショッピングモールに加えMICEを日本に誘致することを目的にしている。これらは国際会議等の促進による滞在型観光として位置づけられ、周辺施設の整備も同時に進められている1)。しかしカジノ導入による周辺地域への悪影響も懸念されており、埋立地での建設が検討されている。その課題は主に「訪日外国人の増加に伴う治安悪化」、「地域住民のギャンブル依存症誘発」、「反社会勢力の温床の懸念」など従来の地域の規範が損なわれるという意識に基づいている。
一方で、2020年のCOVID-19パンデミックによって、IRの開発は調整が難航しているばかりか、従来の観光業に依存した地域活性化の在り方の問題を浮き彫りにした。この新たなグローバルリスクは、これまで指摘されてきた地政学的不安定や経済的懸念と共に顕在化され、国家間での連携と持続可能性の追求は喫緊の課題となった2)。そこで本稿では、国際的な連携を推進し、地域の規範を作っていくような「暮らしの社交」に着目し、観光と独立した持続的な地域産業を構築するシステム「CASINO Tech」の実現を目的とする。
【盛り場論と集積論によるIRへのアプローチ】
本項では、IRが社会的に受け入れられる持続的な場所にしていくため、根源的な人の営みや集う意味を盛り場論から捉えたうえで、IRを特定産業が集積する場所として集積論を援用した地域産業の在り方を捉える。以上の2分野に跨る提案を行うことで、IRの社会構造・空間構造的役割を見出すことに社会的意義がある。
盛り場論では特に都市の多様な人びとが集うことで形成される場所性に着目した研究がある。石川栄耀3)は盛り場とは「建築物で構成された都市美的区域であり、そこに於いて市民は自由なる状態で交歓する事のできる場所」と定義し、歌舞伎町など戦後の盛り場の整備にあたり、特に夜間就労者の教育を含めた娯楽の計画の必要性を訴えている。
また、吉見俊哉4)は盛り場を資本主義経済の論理ではなく、全体社会の感受性の変化が反映された、出来事としてあるものだと捉えている。例えば浅草・新宿は地方出身者が幻想の〈家郷〉として共同化していく「触れる盛り場」であることを指摘する。このように出来事が現象するという視座から盛り場を捉えることで、場所の性質を明らかにしている。
さらに盛り場は闇市研究による起源論など現在でも研究が進み、例えば堀口ら5)は盛り場が佐賀・松原神社を核として形成され、神社との空間構造の共通性をもつことを明らかにしている。このように昼と夜の時間が生む娯楽や、都市と地方との関係性、また聖俗の密な関わりによって形成されるように、盛り場とはその場所でのみ現象するものではなく、時間・空間・機能を超えて現象するものである。
後者の集積論6)ではマーシャルとウェーバーが理論の端緒を開き、情報伝達の円滑さ、技術革新の可能性、特殊技能をもつ労働市場の存在などの利点を挙げている。さらに近年の脱工業化社会へと向かう多くの都市では、知識産業の集積地が経済地域開発のモデルになっている。これに並走して、ニューヨークのFinTechのように、既存の業界のビジネスとテクノロジーを掛け合わせたクロステック7)がある。集積論は産業集積にとどまらず、フロリダ8)による企業家の立地に関する研究のように、人や企業などその集積する単位も多様化しており、クロステックにみられる新しい産業文化の創出をもたらしているといえる。
以上から盛り場論と集積論から、時間・空間・機能の関係性から現象する場所において、場所の特性によって形成される集積が新しい産業文化の創出をもたらしていると考えられる。IRでは特に埋立地に新たな施設を建設することを念頭に置き、誘致の焦点であるカジノ施設を皮切りに、新たなIRの社会構造と空間構造を検討する。そのうえで、就労者の暮らしや、施設の展開可能性から、街と人双方が循環的に豊かになっていく「暮らしの社交」と「CASINO Tech」を提案する。
【提案1:暮らしの社交】
〈現在の社会構造(図2)〉
カジノを含む「夜の街」ではこれまで夜間就労者(以下「夜の人」)と利用者(以下「昼の人」)、そして両者を俯瞰する周辺住民(以下「地域の人」)という3つの立場によって主体が明確に分かれている。本提案では夜の人に対する就労と娯楽のための社会システムを構築することで、昼の人・地域の人が抱く、夜の街への負の印象を払拭することを目標とする。
〈Step1:教育プログラム運営をサポートする企業〉
IRは娯楽の場であると同時に、MICEなどビジネスの場として大資本が集約され、カジノ建設後、近辺は大手企業が用地取得をしていく。その資産価値への投資と社会貢献を兼ねた、カジノに就業する夜の人のための教育プログラムへの投資を提案する。カジノ竣工前から投資を行った団体を「サポーター」と位置づけ、後にみるような利益が生じる仕組みを構築する。
〈Step2:「夜の人」のための教育プログラム〉
Step1で集められた資金を運用し、夜の人に向けた教育プログラムの学習環境を街に分散配置することで、多様な教育内容を生む余地を残す。具体的には、高校レベルまでの一般教養から、語学やディーラーの養成講座、さらにはプログラミングやSDGs、LEEDのような環境アセスメントなど専門性の高い分野まで幅を持たせる。それにより、夜の人は経済的事由から受けられなかった教育や、職業に沿った学習環境、カジノではない自己確立のための機会が与えられ、今までの歓楽街で働く夜の人とは異なる選択肢が広がる。
〈Step3:カジノを中心に構成される「暮らしの社交」〉
それぞれの教育プログラムを受けた夜の人はカジノに集まる昼の人への接客から各々が取得したスキルを活かす。すると、サポーターを含む昼の人は、夜の人をいち就労者ではなく、ビジネスパートナーや、話ができる友人として捉えるような新たな関係性が育まれる。またサポーターにとっては、自社の即戦力になり得る人材への投資の裏付けとなり、社会貢献だけでなく新たな雇用の創出の機会としても機能する。このように夜の人と昼の人の関係性は利用者と就労者という消費される関係ではない立場を築き、夜の人が昼の人へと転身することを可能にする。
〈Step4: 健全性を可視化するVRカジノ〉
最後に地域の人による従来の規範が損なわれるという意識に対して、行政による利用者制限に加え、VRカジノの導入による運営実態の可視化を行う。カジノ体験では第三者による客観的に評価する世間の目があることで健全性の象徴になり、カジノに対する固定観念を変える材料になるだろう。こうした宣伝も兼ねた活動を行い、運営側の社会貢献に対する姿勢を明確にすることが地域の人のまなざしを変える契機になるだろう。
〈まとめ(図3)〉
以上のように、夜の人にとって次の創造を生むようなレクリエーションの場所として教育プログラムを創設することで、昼の人やサポーターのビジネスチャンスや同じ専門性を持った人としての交流が生まれる。地域の人にはこうした社会貢献を通じて街を可視化していくことで、排他意識を徐々に変えていくことが期待される。そして夜の人は仕事の幅を広げ、転職までを視野に入れたライフスタイルを構築する機会になるだろう。
【提案2:CASINO Tech】
〈持続性への懸念〉
カジノ建設にあたり、IRは観光業として促進力がある一方でその持続性が懸念されている。海外でも有数のIRはその場所特有の強みを持っており、例えばラスベガスでは世界有数の大規模ショーの開催により、カジノとエンターテイメントの二面性から集客を維持している。そこで、提案1の暮らしの社交と紐づいた、持続的なカジノを中心としたCASINO Techの計画を提案する。
〈Step1: 3種の地券による用地決定〉
埋立地の活用方法として、土地を3種類の面積区画に分けて用途とその販売方法を考える。最も大きい用地にはカジノ施設など娯楽施設を予め設定し、施設運営者が所有する。中サイズの用地はオフィスへの用地とし、サポーターが優先的に購入できるような販売を先んじて行う。一方でこの用地に建築制限をかけ、カジノ施設建設から2年は建設が行うことが出来ないようにする。そして最小の用地は後の産業発展のために商業用地として登録し、カジノ建設の2年後から販売・建設できるように制限をかける。
〈Step2:大用地のカジノ施設とその他娯楽施設の導入(初年度)〉
大用地では、カジノ施設・映画館・商業施設等の娯楽機能に特化して計画することで、多世代にわたって楽しむことのできる、エンターテイメントのまちづくりを目標とする。そこで、この用地はカジノ運営のための大手企業が売買し、これらの施設には提案1での教育プログラムが分散して整備される。また、これまで不可欠であったホテル・居住機能をメインとした用地利用は行わないことで、利用者・就労者が交通機関を利用し訪れる街にしていく。実際に鉄道の夜間運営が検討されているように、地域外へインバウンドを対流させる効果は十分に期待できる。
〈Step3:中用地の「サポーター」が所有する土地の開発(2年後)〉
カジノ施設の開発と同時に発券された中用地の地券の多くはサポーターが所有することでIRでの連携を強化する。さらに用地の開発はカジノ施設竣工の2年経過後から可能となることを条件とし、無秩序な開発を制限する。サポーターによる開発地域でも、娯楽施設と同様に、夜の人のための教育プログラムの一部導入を義務化することで、就業環境が整い、地域での生業はカジノに依存しない異業種へと多様化していく。
〈Step4:小用地の地券発行から開発(2年後以降)〉
小用地の地券は更地の他に、埋立地の倉庫街等をそのまま分割し、カジノ施設竣工から2年後に発券される。建築施工はさらに遅くし、倉庫街の地価を更地より安く設定することで、新規事業の展開を促進する。よって小用地にはカジノを支える小売業のみならず、教育プログラムによりビジネス構想を抱く夜の人を含めた新規事業者によるクロステック企業が期待できる。
〈まとめ(図4)〉
IR計画地の土地を三種に分割することで、カジノ施設を中心に時間をかけた開発が行われる。特に小用地ではサポーターの支援によって教育を受けた夜の人が、主体的に街を変えていくために、その企業やカジノに対し技術提案を行うクロステック企業を創出していく。観光の核となるカジノとそれを支える大用地の娯楽、中用地で個々のビジネスを展開するサポーター、更に両者に貢献するクロステック企業が集積するCASINO Techは、段階的に地域産業として還元され、新たなIRを形成していく。この集積と還元の連鎖によって、IRは観光業に依存しない、地域産業に根ざした小さな社会を創っていく。
【結語(図5)】
提案では「夜の人」が「昼の人」と同等の立場を築く環境を整え、これまでの夜の街とは異なる「暮らしの社交」の在り方を示した。さらにカジノへの投資企業という異なる業種の導入によって持続的な「CASINO Tech」形成プロセスが考えられる。
このようにIRとは、人びとが集積することに本質的な意味があり、異分野を入れることによるイノベーションが起きるクロステックとの親和性は高いといえる。無秩序でトップダウン的な開発を抑止するためには、就労者が主体的に次世代の街を創る時間的余裕をもたせたシステムが必要不可欠である。特にグローバルリスクに対して、就労者の教育・娯楽による暮らしの社交のような小さなまとまりで循環させる社会が求められ、時勢に敏感な観光業に対し持続的な経済モデルを示すことが重要である。
【参考文献】
1)JTB総合研究所
2)グローバルリスク報告書(マーシュ・ブローカー・ジャパン株式会社)
3)中島直人,西成典久,初田香成,佐野浩祥,津々見祟:都市計画家 石川栄耀 都市探求の軌跡,鹿島出版会,2009
4)吉見俊哉:都市のドラマトゥルギー 東京・盛り場の社会史,河出文庫,2008
5)堀口雄嗣, 金澤成保:神社と盛り場空間の関連性-佐賀・松原神社の事例研究-,日本都市計画学会学術研究論文集(31),pp.271-276, 1996
6)松原宏:集積の系譜と「新産業集積」,東京大学人文地理学研究(13),pp.83-110,1999
7)株式会社NTTデータ経営研究所
8)Florida, R. , Mellander, C. : Rise of the Startup City: The Changing Geography of the Venture Capital Financed Innovation, 2017
※インターネット記事はいずれも2020年11月30日最終閲覧。
ウォーカブルな都市の実現に向けたウォーカビリティ指標の提案と検証
千葉大学大学院 融合理工学府 地球環境科学専攻 修士1年
高野雅大・金井晋太朗
【背景】
国際社会において、特に先進国では財政における社会保障費の増大が懸念されており、いかに市民の健康寿命を延伸できるかという社会的課題に関心が集まっている。そのため、冠動脈疾患や脳卒中、またはメタボリック症候群などの健康リスクの回避に向けた身体的活動を促す取り組みが国際的に推進されている。加えて我が国では、生産年齢人口の減少・少子高齢化による地域活力の低下や地域コミュニティの衰退が懸念されており、都市の魅力向上に寄与する賑わいの創出が、多くの都市に共通して求められている。
以上で述べた人々の健康リスク・地域コミュニティの衰退等の社会課題の解決に向けた取り組みの1つとして「ウォーカブルな都市の実現」が挙げられる。ウォーカブルな都市の実現は、ヒューマンスケールでのまちづくりを目指した都市集積と、これを繋ぐ歩行空間及び自転車ネットワークを整備することが求められる。また、都市機能の集積が街に賑わいを生み、地域の活性化や地域コミュニティの創出にも寄与すると考えられる。以上よりウォーカブルな都市の実現とは、単なる良好な歩行環境の整備のみならず、良好な地域コミュニティを形成し、身体的にも精神的にも健康なライフスタイルを創出する取り組みと言える。しかし、海外ではニューヨークやパリ、国内では柏の葉など、ウォーカブルな都市として位置付けられている事例は多くあるものの、何をもってウォーカブルとして認定されるのかは具体的に明らかではない。
そこで本稿は、ウォーカブルな都市の実現に向けたウォーカビリティ指標の提案と、その指標を用いた実際のウォーカブル都市の評価を行う。具体的には、海外や国内の事例から、ウォーカブルな都市に必要な要素を抽出し、その要素に対応したウォーカブル都市の評価指標を設定する。また、当指標を用いた事例の評価を行うことで、今後の都市のウォーカビリティに関する評価の方向性やあり方を考察するものである。
【ウォーカビリティ指標の提案】
ここでは、ウォーカブル都市の定量的な評価に向けた指標を提案する(表1)。まず、海外や国内の事例に見られるウォーカビリティ向上に寄与する取り組みは、以下の5つのカテゴリに分類できるものと考えた。
□ハード環境
→快適な歩行活動のための基礎的なハード面での整備に関するカテゴリ
□アクセシビリティ
→地区内の各施設・公共交通へのアクセス性に関するカテゴリ
□アクティビティ
→地区内の人々の身体活動(歩行活動も含む)を誘発する仕掛けに関するカテゴリ
□コミュニティ
→地区内での健全なコミュニティの形成に関するカテゴリ
□自然・文化
→緑や文化への配慮がなされた空間の形成に関するカテゴリ
以上のカテゴリを実現する項目として、計53項目を考えた(表1-❶)。
次節以降では、これら5つのカテゴリに各項目を分類し地区を評価することで、評価対象となる都市や地区がウォーカブルな空間を実現するために補うべき要素を明らかにしていく。
次に、各項目とLEED-CityやWELL-Community等の既存の都市評価指標との紐付けを行うことにより、地区のウォーカビリティを評価するための指標を設定した(表1-❷)。結果として、ウォーカブル都市の実現のために必要である要素として挙げた項目の内、26項目(49.1%)が既存の都市評価指標との紐づけにより代替可能であることが明らかとなった。特に、ウォーカビリティ向上に資する取り組みとWELL-Communityの親和性は高く、都市の快適性を測るための評価指標が、都市のウォーカビリティの評価に対しても十分に活用され得ることが明らかとなった。なお、全項目の内、その評価が人の主観により定まるものや、既存指標との紐付けが難しく適当な評価指標が見つからない項目については、ウォーカブル都市の事例や取り組みなどを参照して、独自指標として筆者ら自身が設定した(表1-❸)。
また、ハード環境の18項目の内、既存指標によって代替できた項目は5項目(22%)であったことから、都市のウォーカビリティの評価に向けて、歩行活動のためのハード環境整備に関する評価指標の不足が示唆される。
【指標の適用による現状評価】
ここでは、前項で提案したウォーカブル指標を用いて、実際に国内の都市を評価する。評価対象地は、グリーンインフラの構築に向けて、ウォーカブルなまちづくりを推進している東京都世田谷区二子玉川地区(図1)とする。二子玉川地区では自然と都市環境が一体となったまちづくりが行われており、同地区は2014年9月にLEED-NDのゴールド認証を取得した。そのため、本評価は持続可能性を認証された地区を、ウォーカビリティという新たな側面から再評価する。
現状評価は、前項で提案した評価項目(表1-❸)と、筆者による現地調査により得られた対象地区の現状を照合することにより行う。なお、地区計画の策定有無や地区内の情報開示状況に関する項目については、WEB調査により評価を行う。そこで、現地調査を踏まえた現状評価の例を以下に示す。
No.26「オープンスペース・公園へのアクセスを高める」,No.38「子供用プレイエリアの設置」
地区内に二子玉川ライズに隣接する形で、総面積が6.3haに及ぶ二子玉川公園が整備されている(写真1)。これにより、地区内の人々が容易に公園や自然にアクセスできる環境と、子どもが車などを気にせず遊ぶことのできる空間を提供している。
No.34「立体・壁面サインの活用」,No.53「外国語での案内サインがある」
地区内には各所に立体型の案内版が設置されている(写真2)。また、それらの案内板の文字は英語でも併記されており、地区内を歩く外国人にも配慮した設備であるといえる。
No42「季節の変化で人をひきつける仕掛け」
クリスマスに近い時期に現地調査を行ったこともあり、地区内を歩いていて各所に季節の変化を感じさせる仕掛けや飾り付けが見られた(写真3)。
No.48「まちのネットワークや資源を共有・発信する」,No.50「自然を都市環境に組み込む」
二子玉川ライズは、地区内の屋上に菜園広場や池が整備しており、自然と調和した都市環境を実現している。特に、4階屋上に整備された池は「めだかの池」として親しまれており、賑やかな商業施設の中の憩いの空間としての役割を担っている。まためだかの池は、池に生息する生き物や、池の水の水質や温度をモニター(写真4)で表示しており、まちの資源を人々と共有する役割も担っている。
以上のように、二子玉川地区におけるウォーカビリティの現状評価を行った(表1)。地区の現状が評価項目(表1-❷)の内容を満たしている場合は〇、満たしていない場合は×を記した(表1-❹)。なお、現地調査・WEB調査のいずれにおいても評価できなかった項目については△とした。結果として二子玉川地区は、ウォーカブル都市の実現のために必要である項目(表1-❶)のうち、37項目(69.8%)を満たしており、LEED-NDによって認証された都市の持続可能性のみならず、ウォーカビリティの観点からも十分に評価され得ることが明らかとなった。
次に、カテゴリ別に現状評価の結果(表1-❺)を見ると、評価できず△としている項目があるものの、コミュニティのカテゴリの評価が比較的低いことがわかる。これは、No.41「アートなど人をひきつける仕掛け」やNo.47「老人ホームや地域包括ケアが充実」の項目が未達成であることが要因である。そのため、今後の二子玉川地区のウォーカビリティ向上に向けて、地区内の各建物の人をひきつける仕掛けなどへの配慮や、老人ホームの整備などの高齢者に優しい地区の形成に向けた取り組みが必要と考える。
【おわりに】
本稿では、国内や海外の事例をもとに都市のウォーカビリティの評価に向けた指標を提案し、実際に当指標を用いた現状評価を行った。結論として、既にLEED-NDにより持続可能性が認証されている二子玉川地区が、当指標を用いた評価によりウォーカビリティの面でも十分に評価できる地区であることが明らかとなった。
また、本稿での現状評価では、対象地区が各評価項目に該当するかを調査し、該当する項目の数が全体に対して占める割合を算出することで、地区のウォーカビリティを評価した。そのため、各項目がどの程度地区のウォーカビリティ向上に寄与しているかは考慮されていない。そこで今後、実際に当指標によって都市や地区を評価する場合、各項目がどの程度ウォーカビリティ向上に貢献するかを考慮し、各項目の重みづけを行った上で、より正確な評価を行うことが必要になる。
加えて、本稿における検討から、地区全体のウォーカビリティは十分に評価できたものの、現地調査を通じて地区内の各建物(店舗や施設など)各建物における取り組みの度合いに差が見られた。例えば、地区のHPや街路案内には他国語表記がなされているものの、各店舗に入れば日本語表記のみの案内に留まる店舗が多数存在するため、地区内の各施設・店舗において、ウォーカビリティ向上に資する取り組みを誘発するインセンティブを設けるなど、地区単位での更なるウォーカビリティ向上が期待される。
【参考資料】
・U.S. Green Building Council(H31)「LEED v4.1 CITIES AND COMMUNITIES: EXISTING」
・International WELL Building Institute HP
・国土交通省(R2)「ウォーカブルなまちづくり」
・柏の葉国際キャンパスタウン構想委員会(H30)「柏の葉ウォーカブルデザインガイドライン」
・東急株式会社 HP
図表
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植物と同居する建築が、未来のビオトープを作り出す
東京大学 工学系研究科 建築学専攻 修士2年
武藤 宝
要約
多くの都市でヒートアイランド対策が喫緊の課題となるなか、世界では実験的な建物緑化の例が見られるのに対し、日本ではその動きは鈍く、既存の緑化手法も限定的である。人間の生産活動と緑が秩序をもって統合するビオトープを理想に掲げ、建物の中に緑を引き込むことで上記の問題を解決する。その具体的手法として、膜の中に植物を閉じこめて植物の成長に適した環境を作る方法や、藻を効率よく育てる袋を壁面に吊り下げる方法など、植物を利用対象ではなく共存すべき相手として捉えることを提案する。植物に適した環境を低いコストで作るためにその場でのエネルギー獲得・資源循環が必要だが、こうした努力はインフラからの依存を減らしてくれる。また、藻は植物油の生産性が高く、従来エネルギー消費拠点であった都市が、エネルギー生産の拠点となり得る可能性を示唆している。このような挑戦的・実験的な緑化の試みがビオトープ実現への大きな第一歩である。
本文
世界の都市ではヒートアイランド化が進んでいる。東京でいえば、気温は過去100年間で約3℃上昇し、熱帯夜の日数は過去40年間で約2倍[1]に増えた。今後も加速度的な二酸化炭素濃度の上昇にあわせて、気温も大きく上昇する見通しである。近年は殺人的な熱波に見舞われ、もはや夏場に都市部で活動することが難しくなった。アジア・アフリカ地域における都市人口の増加傾向やそれに伴う都市排熱の増加もあり、ヒートアイランド対策は世界的に喫緊の課題となっている。
こうした背景を受け、建物の壁面緑化や屋上庭園が注目を集めている。建物に緑をまとわせることで、都市空間に潤いをもたらし、人々に安らぎを与え、不動産においては上質な緑化空間がブランド力を向上させる。世界の建物緑化の動向に目を向けると、豪・シドニーのOne Central Parkや伊・ミラノの集合住宅に見られるように高層化・多様化が進む一方で、日本で建物緑化は都心の一部を除いてはあまり進んでおらず、図1のグラフが示す通り、屋上庭園では効果の低いセダムを植え、壁面緑化ではツル性の植物が多数を占めるなど、その方法も限定的であると言える[2]。
しかし、東京におけるヒートアイランドの原因の1つが緑や開水面が足りないことであるならば、建物に緑を引き込まずに、都市のすきまに公園を作って緑を散らすなど、人間の高度な社会と緑のバランスを都市単位でとれば都心の過熱を防げるのではないか、と思う人も多いだろう。
私が建物内に緑を引き込むことにこだわる理由は二つある。一つは、1つの建物でできる限りの人間と植物の統合した姿を実現したいという願望である。かつて建築家のフライ=オットーは、人間や人間が生み出す建築などの技術が、生きた自然と複雑に関係しながら秩序ある全体をなすビオトープを理想とし、少ない材料で空間を作る軽量構造やソーラーチムニーの設計などに取り組み、その実現を試みた[3]。私はそのビオトープのように建築単位で人間と緑ができるだけ統合した姿を見てみたいと思っている。
そしてもう一つは、都市のなかには新たに緑のスペースを作る余地が無いことである。ヨーロッパでは都市内に公園が多くあるため、緑のつながりが都市内でも保たれている。例えば独・シュツットガルトではグリーンUと呼ばれる緑のつながりが形成されていて、植生や鳥などの動物とうまく共存できている。こうした公園は歴史的なものや、花博開催を契機に作られたものである。一方で、東京では緑地は依然少なく点在している状況だが、最近ではグリーンインフラが話題に上り、例えば東京高速道路(KK線)では緑を多く導入した再編案が示されるなど改善の動きもある[4]。しかしこの例はあくまで「作り直し」であり、こうした都市の大きな改編が無い限りは都市内での緑地は増えない。経済性を考慮すれば、何もない公園よりも商業的な建物を置いて緑化するほうが合理的である。
このような動機からなるべく建物内に緑を取り入れたいが、それには優先的に植物が育ちやすい環境を整えることが必要だと思う。オフィスビル等のほとんどの建築はその使用者である人間が使いやすい・過ごしやすいように設計されているが、それならば、ここは一度、植物もそのビルの同居人と考えて、彼ら植物が過ごしやすいスペースも設計してみるのはどうだろうか? 人間にとっての快適要因として、寸法をはじめ、温度や湿度、気流や二酸化炭素濃度に加え、利用者の代謝や着衣量などが挙げられる。一方で、植物にとって快適な状態とは、適切な温度や湿度、気流に加え、栄養分である金属元素を充分に確保し、水を適度な速度で循環させ、病害対策を行っている状態であり、繊細であると言える。
これらの条件を揃えた空間を用意するには膜構造を用いるのが良いだろう。膜は軽量ながら、簡単に空間を分割し独立した環境を作ることができる。例えば図2のように、建物の骨組を外側に出して(アウトフレーム)、そこに大きな閉じた膜を用意し、その膜の中を好環境に保って植物を育てる。これにより壁体や室内の空気が日光から熱を受けることなく、同時にその光を植物が利用し、光合成に伴う水の蒸発によって排熱もできる。またこの膜の層は空気層とも言えるので冬には断熱層になる。植物が育ちすぎても膜内に納まるので剪定する必要はなく、将来的には膜ごと入れ替えることも可能である。
従来と同様に、気候に適した樹種の選定や植物の特性をうまく生かすことも大切である。植物生理学や農学の知識をもって植物に寄り添い、緑を利用対象ではなく共生する相手として捉え直すべきである。この点に関して、壁面緑化がうまくいっている理由は、単に遮熱効果が高いからだけではなく、ビル壁面が植物にとって競合相手の少ない光の恩恵を充分に受けられる環境であることや、植物の茎を紐などで支持・固定することでコストの高い木質化に多くのエネルギーを使わずに済む[5]など、人間・植物の双方に利益がある関係を築いているからではないだろうか。
しかし植物のための環境を保つために多くの電力を消費することは本末転倒である。なるべく電気に頼らずに温度や水環境を保つには、その場にあるエネルギーをできる限り利用しなければならない。この難題に対し、宇宙空間での建築計画がヒントを与えてくれるだろう。これは、資源が無い火星表面で長期にわたって定住するために、太陽光によって穀物を育てて酸素と食糧を確保し、生育のための栄養源や物質を循環させる装置のエネルギーは自らの排泄物から回収し、浄化装置によって飲料水や空気を生み出すという計画である[6]。
この計画を応用すると、熱環境に関しては、日光によって膜内の空気を温めたり、壁面に水を循環させるパイプを設けて蓄熱したりすることで周囲の熱を得られる。二酸化炭素や酸素などの空気環境では、ガス分離膜・ビニール膜の透過係数の調整により、極性の少ない二酸化炭素は、その濃度が高い室内から分圧差によって自然と外壁近くの膜へと移動する[7]。加えて、肥料などの栄養環境も必要となるが、これには建物利用者の尿や建物内で発生した生ごみを処理器によって処理して栄養素を回収する。さらに水の循環では水ポテンシャルの低い乾燥が原動力となり、陶板やスポンジを端部に取り付けた細い管に水を入れるなどして自然に水を動かすことができる。
このような受動的なエネルギー獲得とローカルな資源循環は、劇的にエネルギー消費を抑えられるわけではないものの、既存のインフラからの独立につながり、電気への過度な依存からの脱却、夏場のピーク電力の低減、レジリエンスの向上、維持コストの削減といったメリットも生まれる。今年はコロナによって世界が一変したが、高度な社会では多くの予測不可能なリスクを抱えている。例えば、首都直下型地震では今後30年の間に70%の確率で起こるという気象庁の予測[8]はよく周知されているが、では火山の噴火に対してどれだけの人が把握し、それに対して準備しているだろうか。富士山の噴火・降灰によって路面状況の悪化、電気設備への悪影響、エンジンの目詰まりなど、多大な影響を及ぼす。ほかにも河川氾濫・システム障害など未曽有の災害は数多く考えられるが、そのような不測の事態によって電気の供給が止まっても、多様なエネルギー獲得手段があれば被災後も機能をなんとか維持できるだろう。
火星での定住計画はさらに新たな洞察を与えてくれる。それは酸素生成のために藻(algae)を使ったことである。「緑豊かなビル」といえば「木々や芝が青々と生い茂っている」様子がすぐに想起されるが、緑を増やすという観点でいえば藻でもその役割を果たすことができるはずだ。藻は土地に定着するものではないので図4のような閉じた膜の中で、藻が効率よく成長できる環境を整えながら育てる。これらを日のよく当たる南面の壁面に吊り下げるなどして用いると、図5のようにエアクッション材のような外装になる。
藻はサイズが小さいものの、そのポテンシャルは高い。実は藻は成長が早いため、ほかの植物にくらべ圧倒的に油脂生産性が高く、オイルを作り出す格好の原料であると言える[9]。図6のグラフによると、藻は年間で1haあたり3万Lの油脂を生産できるので、例えば2スパン7階建てマンションの南向きの壁で計算すると年間で3900Lの油を生産できる。(ただし図では敷地面積で比較しているため、壁面積を1/3に換算した。)藻は、従来エネルギー消費拠点であった都心がバイオエタノールなどのエネルギーを生産する拠点となる可能性を示唆している。
また、従来の課題であった植生の管理も容易である。草木は常に拡大するので剪定などの管理をしなければならず、壁面緑化のコストを高くする最大の要因であった。しかし藻は水中にいるため、水の循環を制御し、藻と水を仕分けるフィルターさえあれば管理できる。ここには空調機など建築設備のノウハウを応用できる。くわえて、オイルに変換した後の残滓は食料品や水産養殖の餌として利用することで高い価値を付加できる。
しかしながらやはり課題も残っている。生育中の藻をきれいに見せることは不動産価値の課題であり、まずは環境先進的な建築への導入から始めると良いだろう。ほかには、植物油はガソリンに比べて燃焼時の熱量が低いこと、生産コストが依然高いことが挙げられる。しかし藻を使った壁面緑化は、人間の生産活動と緑がうまく融合した社会の到来を後押しするはずだ。
最後に、緑化の指標として、建物内で生産されたバイオマス量を導入すべきだと思う。従来では定量的な指標として緑化面積が用いられ、現に一部自治体では緑化のための助成金の基準になっている。しかし、例えば植生の乾重量を測定する(または推定する)といったバイオマス量を基準とすれば、今後の多様な緑の在り方に対応できる。本来植物の生え方というものは、無造作にツタに覆われた空き家や深い森のように、四角四面に整えられたものでも、ましてや平面的でもない。多様な緑の在り方を柔軟に評価できる指標を用意しておくことで、また違った新しい緑化の誕生を促し、そうしたユニークな緑化の技術・施工例が環境ビジネスの種にもなるだろう。
上記のように建物を膜で覆って緑を植える、藻をまとわせる、という光景には違和感を覚えるだろう。ただこうした変わったアプローチは、人間と植物、そしてそのほかの動物などの生態系が統合した社会を築くために避けられない、試行錯誤の過程であるように思える。確かに、ほかの生物の折り合いや植物成長の相対的な遅さなど、ビオトープへの道のりは遠く険しい。例えば、中国四川省成都では、樹木を高く垂直に植えた挑戦的な集合住宅が竣工したが蚊の大量発生によって失敗に終わった。また、アクロス福岡では25年の年月を経て今になってようやく素晴らしい生活風景を形成しつつある[10]。しかし挑戦的・実験的な建築を1つずつ実現することで、確実にその理想へ近づいているはずだ。1つ1つの計画を見れば現実的とは思えないものもあるだろう。しかしそうした試みは、世界でも、ここ日本でも、着実に始まっている。
参考文献
1. 東京都の気候変化
2. 国土交通省プレスリリース
3. 『自然な構造体:自然と技術における形と構造、そしてその発生プロセス』
著:フライ=オットー他 訳:岩村和夫
4. 第3回東京高速道路KK線の既存施設のあり方検討会
5. 『植物の生態:生理機能を中心に』著:寺島一郎 pp.174
6. Sandra Hauplik-Meusburger, Olga Bannova, Space Architecture Education for Engineers and architects Designing and Planning Beyound Earth, Springer pp.214-215
7. 『ガス分離膜プロセスの基礎と応用』著:原谷賢治、伊藤直次
8. 国土交通省気象庁ホームページ
9. ちとせ研究所
10. アクロス福岡など(https://www.acros.or.jp/) (https://www.afpbb.com/articles/-/3304754)
以上